1月の読書メモ(アインシュタイン)

アインシュタイン その生涯と宇宙』

アインシュタイン その生涯と宇宙 上

アインシュタイン その生涯と宇宙 上

 初めてアインシュタインの本格的な評伝を読んだ。手紙等から彼の生涯を事実に沿って記述。理論の概要にも触れてて,前提知識なくても抵抗感なく読める…はず。
 個人的には最高評価の本だけど,それは彼について長く興味をもっていて(伝説の類も含めて)ある程度知ってるのが大きいかも。細かい話も含めて実証的に綴られているので,ああそうか!と膝をうつこと頻り。上巻は,彼の少年時代からエディントンの日蝕観測まで。
 少年時代からやはり理数的素質はあって,学校での軍国主義的な教育にはかなりの反感を抱いていたらしい。大学へ入る前年にアーラウで受けた教育は,ものすごく性に合ったよう。これと、特許局時代の私的集まり(オリンピア・アカデミー)での哲学的議論が彼の仕事のバックボーンになってる。特殊相対論には,マッハとヒュームの影響大
 彼が就職に大変苦労したというのはなんだか切ない。結局,友人グロスマンの力添えでスイス特許局の審査官におさまる。ここでは,一日の仕事を二時間で終らせてあとは研究に精を出してたというから,なかなか良い身分だった。ここで,あの奇跡の年(1905)を迎える。
 彼は初めの妻ミレーヴァとの間に息子2人を儲けるが,結婚前に娘を授かっていたらしい。これが大きな謎。この娘リーゼルは,その存在がアインシュタインの死後30年以上も発覚しなかった。夫婦の手紙から,娘がいたことは確かなのだが,アインシュタインは一度も会っていないらしい。その後夭逝したのか,養子に出されたのかは歴史に埋没して不明。
 アインシュタインは若くして,光量子仮説やブラウン運動,そしてもちろん特殊,一般の相対論構築という大きな業績を成し遂げるのだが,その間には家庭でのごたごたが絶えなかった。ミレーヴァとの関係は修復できずに破綻。悲惨な戦争もあった。そんな中で研究に没頭して結果を出し続けるなんてすごいな…。
 結局は離婚していとこのエルザと再婚。ぽっちゃりで家庭的なエルザはバツイチで,アインシュタインとは「いとこ(母方)」かつ「はとこ(父方)」。ミレーヴァは一緒に物理をやってたけど,エルザはごく普通。知的な会話ができる妻に当初は満足していたのだが,違うものを求めるようになってたのか。エルザとの手紙で,ミレーヴァのことを「厄介者」だとか「解雇できない召使いのように扱う」だとか,ひどい言いようだ。
 ミレーヴァへの最後通牒には戦慄した。洗濯掃除炊事の要求と,必要不可欠な場合以外の同席の禁止,会話の打切や退去の要求権。そういう契約が交わされた。それでもミレーヴァは離婚を受け入れなかったが,将来のノーベル賞賞金を渡すことを条件に結局は離婚。のち半年でエルザと再婚する。
 一般相対論の完成は1915年だが,その8年前にアインシュタインはかなりいいところまで行っていた。友人グロスマンの力添えでリーマン幾何学を勉強し,そこまでたどり着くが,これではだめかと方針転換。この回り道がなければ,もっと早く完成していて,ヒルベルトとの先取権競争もなかったかも
 上巻は1919年まで。一般相対論の重力方程式ができたからといって,それを使った研究はまだまだこれからだった。宇宙全体を扱う宇宙論が可能になって,発展を見た。上巻は,物理の革命家としてのアインシュタインを描いていたが,下巻では,量子論に抵抗する保守的な彼が描かれる。
アインシュタイン その生涯と宇宙 下

アインシュタイン その生涯と宇宙 下

 前半生と対照的に,科学に対しては保守化して,有名になったこともあり政治的発言や活動が目立つが,権威主義という点では生涯一貫。それが彼の思想のバックボーンだった。ナチス擡頭,亡命,原爆投下といった出来事が続くのは悲しい。
 本書はメチャメチャな翻訳のまま第一版が発行されてしまい話題になった。修正版を読んだが,まだちょっと上巻より読みにくい感じがした。誤植も上巻より頻出する印象。腹部大動脈瘤の説明で,「欠陥のこぶ」とかしょうもない。p.367
 いきいきしていた上巻とくらべて,読んでいてワクワク感がなかったのはまあ仕方ないだろう。時間と空間に対する固定観念を打ち破った若きアインシュタインは,ついに量子の確率と不確定性を受け入れることができなかった…。

メモ
上巻
アインシュタイン「数学者が相対性理論をひったくっていったので、私はもはや相対性理論がわからない」 って酷い冗談だな…。自分の数学の先生だったミンコフスキの仕事に関して。p.207
ポアンカレって死ぬまで(1912)エーテルと絶対空間を信じてたんだ…意外。相対性理論にかなり肉薄してた天才なのに。p.210
キュリー夫人は夫の死後,不倫の恋に落ちてるのか(相手は夫の弟子)。スキャンダルになってノーベル賞授賞式に来るなと言われて「私の科学的業績と個人的生活は何の関係もありません」と拒否。かっこええ…。p.259
スキャンダルが報じられたとき,アインシュタインキュリー夫人とソルベイ会議で一緒だった。後で彼女を支持する手紙を書いたらしい。

下巻
 皆既日蝕のニュース以来,アインシュタインは大人気。科学者が大衆に受けるのはこの時代では異例。ボルンの出した相対論本にはアインシュタインの写真と短い伝記が挿入されたが,これにはラウエたちがびっくり。次の版から削除されたという。p.16
 光電効果のパイオニア実験家でアインシュタインも賞賛してたフィリップ・レナルト。彼はドイツ国家主義者で相対論に批判的に。受賞者としてアインシュタインへのノーベル賞阻止工作も。アインシュタインはこれに反撥,批判合戦に。結局,レナルトは反ユダヤ主義に傾きナチス党員に。pp.41-43
 ヴェルサイユ条約を受諾した外相ラーテナウの悲劇にアインシュタインも衝撃受ける。ドイツへの同化を模索してたユダヤ人のラーテナウ。車を国家主義者の機関銃と手榴弾が襲う。この暗殺をヒトラーは英雄視。pp.66-67 日露戦争後の日本もここまでは…。シオニスト運動に共感し,支援していたアインシュタイン。次の標的になるかも知れない…。嫌な世の中だ。
 アインシュタインノーベル賞受賞を知ったのが,日本へ向かう船上だったというのは結構有名。でも実は出発前に選考委員長からの手紙で決定的なほのめかしがあったそう。結局彼は日本にいて,授賞式へは出られなかった。p.76
 量子の確率的振る舞いと不確定性にアインシュタインが示した嫌悪感は相当なもの。ボルンに「もし本当だとしたら,物理学者であるより靴屋か博打屋の雇い人になった方がましだ」とまで書いてる(1924.4.24)。p.95彼は終生決定論者で自由意志も否定してたそう。決定論から自由意志が出てこないのは必然なんだけど。
 主流の量子力学に背を向け統一場理論を探求するアインシュタイン。孤独といってもジャーナリズムには追いかけられ何か物悲しい。論文が発表されると「遂に解明?」とか盛り上がるが結局ものにならず。論文全文を載せる新聞まで!エディントンも疑問を表明,パウリも批判。イタいな…。
 アインシュタイン平和主義はナチス政権成立直前に最高潮に。兵役拒否に関する2%発言は歴史に残る。国際連盟の交戦規定・武器制限の策定には批判的で,全面的に戦争には反対。世界連邦に賛成。後半生には政治に関する発言が増えるが素朴過ぎるとの批判あり。
 フリッツ・ハーバーかわいそう。キリスト教に改宗してドイツへの同化に余念がなく,世界大戦では毒ガス開発でお国に貢献?したのに,ベルリン大学からあっさり追放(p.216)。ヒトラーユダヤ人排除は徹底的だな…。プランクが頭脳流出を諫めても「数年科学がなくてもいいだろう」とは。
 全体主義を嫌悪するアインシュタインソ連共産主義に一貫して批判的だったけど,シンパと決めつけられ入国に難儀したことも。FBIも警戒して調査するがたいした情報を集められなかった。妻エルザの死後に付き合ってたことのある女性コネンコワがソ連のスパイだったことも見逃されてた。
 戦後のマッカーシー旋風。アインシュタインは原爆の機密を漏らしたローゼンバーグ夫妻の死刑減刑を嘆願するなどして目を付けられ批判を受ける。個人の自由を価値とする彼としては,共産主義者の工作活動よりそれを理由に市民を押さえつけるファシズムへの道を恐怖。彼の後半生は陰鬱なことばかり…。
 アインシュタインは死の当日火葬された。えっ?と思った。
…検視を担当したプリンストン病院の病理学者ハーヴィーが,許可もとらずに脳を取り出してたんだって!息子の「パパはアインシュタインの脳を持ってるよ」で発覚。後に切り分けられて研究される。あんまりたいしたことは判らなかった模様。