4月の読書メモ(人物・その他)
『毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者』
毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者 (朝日選書 834)
- 作者: 宮田親平
- 出版社/メーカー: 朝日新聞社
- 発売日: 2007/11/09
- メディア: 単行本
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同じ化学者だった妻クララが抗議の自殺を遂げても,ハーバーはその使命を全うする。なんということだ…。彼には毒ガスは「人道的兵器」だという信念があった。戦線の膠着が続く中,毒ガス開発には敵味方双方が鎬を削り,ボンベから塩素ガスを放出する方式から,砲弾にイペリットを詰めて攻撃するものまでエスカレート。イペリットの名は毒ガス戦が行なわれた地名イープルに由来。皮膚をも侵し,ガスマスクで防ぐことができない。
このように自分の能力を祖国ドイツのために捧げたハーバーだったが,ナチスの擡頭によって,ユダヤ人として排撃の憂き目に遭う。
ハーバーといえば毒ガスで,本書タイトルもそうだし,1924年に来日した時にも「毒瓦斯博士」と紹介されている。しかし,ハーバーと言えば「ハーバー・ボッシュ法」でもある。空中窒素の固定法を発見し,農業生産を飛躍的に高めた,人類の大功労者なのだ。ここにも運命の皮肉が。
その功績でハーバーはノーベル化学賞を受賞している。それも1918年のだというからすごい。中立国スウェーデンのアカデミーによるこの決定は,戦勝国からの非難にさらされたというが,勇気ある決定だと思う。ドイツ科学者は国際学界からはしばらくボイコットされていたというのに。
(一次大戦の)戦後,ハーバーは殺虫剤としてのチクロンを開発している。彼自身はナチス政権下,異国で客死しているが,ドイツに残された彼の親族たちは,おそらくこのチクロンBで殺されている。ハーバーの研究所でドイツの毒ガス開発に従事したユダヤ系研究者にも犠牲者が出たそうだ…。
ハーバーの伝記を読もうと思ったのは,今年初めにアインシュタインの伝記を読んで,友人ハーバーの数奇な運命に興味をひかれたからだ。平和主義で民族主義を嫌悪したアインシュタインと,国家主義で戦争に協力したハーバーは全く対照的。ただ二人とも時代に翻弄されたところは共通している。
『ファインマンさんの流儀』
ファインマンさんの流儀―すべてを自分で創り出した天才の物理学人生
- 作者: ローレンス・M.クラウス,Lawrence M. Krauss,吉田三知世
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/01/01
- メディア: 単行本
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数式などは出てこないのだが,結構難しい。常識とかけ離れた量子の世界の話題なので,丁寧に解説に分量を割いてくれているのだが。序盤の,スネルの法則からフェルマーの原理,最少作用の原理が経路積分の考え方につながっていくところは比較的明快。シンプルだけど,物理の考え方の重要なポイント。
他にもファイマンダイヤグラム,液体ヘリウムの超流動,量子コンピュータなど,ファインマンは素粒子物理から物性物理,コンピュータ理論など多岐にわたる活躍をした。物理に関する直観がものすごく鋭くて,地道に理論を積み上げていくというよりも,ひらめきを検証していくという感じの仕事ぶり。
彼は,実験によって確かめるのが難しい理論のための理論のようなものは好かなかったらしい。ひも理論の自信過剰・自己欺瞞に不満を感じていたとか。大天才だけど,融通がきかないところもあったということかな。アインシュタインが量子論を受け入れられなかったのに通ずるところだろうか。
量子電磁気学の無限を解消する繰り込みの業績で,朝永・シュウィンガーとともにノーベル賞を受賞するのだが,そこに意外なエピソードが。実はダイソンがこの三人の業績を理解し,これらが等価であることを見抜いていち早く論文を書き,効果的に世に知らしめていた。
もしノーベルが一部門の受賞者を三人に制限してなかったら,ダイソンも一緒に受賞したに違いない。ダイソンはもう90近くで存命だが,それ以降半世紀近くたってもノーベル賞を受賞していない。
物理の業績に関する記述が大半とはいえ,私生活についても結構書かれている。カルテクに就職してブラジルで過ごした日々は,かなり奔放な性生活を送ってたこととか,不倫で人妻との関係がこじれて大変だったとか,三人目の妻グウィネスとは双方複数の異性と同時に付き合ってたけど結婚に至ったとか。
最初の妻アーリーンとの関係は,ものすごく純粋でウィットにも富んでいて,結核による死で終わりを告げるまでとても幸せな結婚だったというのが定説だけど,その後の私生活との差は不思議。美化されているのか,ただ若かったのか。
チャレンジャー号の事故調査についてはほとんど触れられていなかった。物理の仕事じゃないからかな。 天才物理学者ファインマンの本業を概観するには良い本。でもファインマンについて初めて読むには不適。『ご冗談でしょうファインマンさん』でファンになって,そのあと何冊目かに読むといいです。
『独裁者の教養』
- 作者: 安田峰俊
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/10/26
- メディア: 新書
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取り上げられる独裁者は,スターリン,ヒトラー,毛沢東,ポル・ポト,ニヤゾフ,リー・クアンユー,フセイン,カダフィ。ほかに著者が密入国したワ州の軍閥,鮑有祥。主に彼らの若き日の肖像を中心に記述して,独裁者になる素質のほどを分析。歴史の専門家というわけでないにしてはよく書けてる。
スターリンがDV父をもち,閉鎖的な神学校での教育を受けて,それが権威主義的な管理体制構築に寄与した,みたいな話や,ヒトラーの歪んだ価値観は,実はドイツ社会の底に流れてて,知識人たちもそういう議論をしていたとか,一人の特異な人物が出るだけでは独裁なんて起こらないんだろう。
ポル・ポトが立ち居振る舞いは結構上品な人間で,「弱者の味方」として好意的に評価されていたというのも面白い。20世紀後半は共産主義にシンパシーを感じる知識人が多かったから,批判が盛り上がるのが遅れたのは確かなのだろな。金日成,ホーネッカー,チョイバルサン然り。
トルクメニスタンの独裁者,ニヤゾフはなんだかお茶目だ。自分の大好物メロンを讃える「メロンの日」を制定したとか,月の名前を変更して一月を自分の尊称に,四月を自分の母の名にするとか,お前はカエサルか?みたいな。
ワ州に密航した著者は,独裁は必ずしも悪でないとの感想をもつ。「政治や社会を論じる素地が根本的に存在しない環境では、最初から存在しない『言論の自由』なんかより、衣食住や身体の安全を保障してくれる政府の方が、庶民にとってはずっとありがたいはずだろう」(pp.254-255)実際そんなものかもしれない。そうでなければ独裁体制は起こらないし続かないんだろう。でも歪みを修正する機能に欠ける体制というのも事実で,終焉のときは破滅的にやってきたりする。ちなみに本書はカダフィが死ぬ前に書かれてるみたい。
あと「中国で最も有名な日本人」である加藤嘉一氏へのダメ出しが印象に残った。テレビ番組で同席した印象を「共産党の高官との交友を誇らしげにアピール」「身分の低い相手には視線も合わせず、権威を盾にして偉い相手にだけ握手を求める人間」「中共人という禽獣どもの仲間だ」とまで…!(p.106)
最終章「日本人」でうまくまとめたつもりのようだけど,あれはちょっと蛇足だった。日本には独裁者こそいないものの,「空気」に支配される雰囲気は巧妙な独裁だという。そこには日本版「阿Q」がうようよしている。原発震災で放射能の危険を否定する言説を例に出して論じてるけど,牽強付会な感じ。
どうでもいいことだけど,ルビにこだわりを感じた。「偏執」には「へんしゅう」,「遺灰」には「いかい」と振ってあって,正しい字音で読めってことらしい。「執」が「シツ」なのは,「立」が「リツ」とか「雑」が「ザツ」になったのと一緒で,本来「執」の字音は「シュウ」。フツ相通。
『震災と鉄道』
- 作者: 原武史
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2011/10/13
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著者は日本政治思想史が専門の教授のようだが,鉄道は趣味?三陸鉄道支援のために震災からひと月後に乗りに行き,1000枚,60万円の切符を購入して配りまくっているとか。熱意は感じられるが,現実的で冷静な考察が全くできていないと感じた。JR東日本やJR東海が嫌いらしい。
というか,根本的に,権力とか体制が嫌いなんじゃないかな。著者は。「反原発」が盛り上がっているのに「反リニア」が盛り上がっていないと嘆いてる。鉄道関係の本をいろいろと書いているようだけど,専門の政治思想史では見るべき著作があるのだろうか?