相対論的力学

(旧ブログより再録[2008年08月29日(Fri)])
 慣性系同士の間の座標変換は,正しくはローレンツ変換であった。実はこのローレンツ変換は,相対速度が小さい極限(=光速度が無限大の極限)としてガリレイ変換を含んでいる。前々回に掲げた式において,\frac{v}{c}\rightarrow0(すなわち\gamma\rightarrow1)としてみれば明らかであろう。つまり,普段我々の経験する速度は光速にくらべて無視できるほど小さいため,我々はガリレイ変換が真理であると誤解してしまっていた。
 マクスウェル方程式は,ローレンツ変換に関して不変である。ということは,相対速度が小さい極限では,マクスウェル方程式ガリレイ変換に関して不変ということである。しかし電磁気学においては光速が必然的に現れるから,ガリレイ変換との不整合が一目瞭然だった。他の分野ではなかなかこうはいかない。十九世紀の電磁気学の発展がなければ相対性理論はなくて済んだわけである。
 ともあれ,電磁気学の考察から,ローレンツ変換ガリレイ変換にとって代わった以上,今までの力学を修正しなくてはならない。ガリレイ不変であったニュートン力学は,もちろんローレンツ不変でない。ニュートン力学は速度が遅いときに近似的に正しかったにすぎない。ローレンツ不変になるよう修正した力学が,相対論的力学である。
 ニュートン運動方程式は,空間に関する三次元のベクトルの,時間についての微分方程式であった。それは,運動量ベクトル\bf{p}の時間微分が,力のベクトル\bf{F}に等しいという,次の式で表される。時間tとしては,どの慣性系にも共通する絶対時間を天下りで前提している。
\frac{d\bf{p}}{dt}=\bf{F} ただし\bf{p}=\frac{d\bf{x}}{dt}
 一方,相対性理論では,時間も相対的である。慣性系毎に時間は異なり,ローレンツ変換によって空間成分と混り合う。ある慣性系で時間微分だと思っていた量は,別の慣性系では時間と空間の混合物による微分になる。そのように座標変換で変化する量についての微分方程式運動方程式とすることは(不可能ではないが)煩雑である。絶対時間の代りに,どの慣性系にも共通する量(不変量)を媒介変数として導入し,その量についての微分をもって方程式を記述したい。そうするとその不変量に対し,質点の座標位置だけでなく,座標時間も変化する。だから,新しい運動方程式は,三つの空間成分のほか時間成分も考えることができる。相対論的力学では,運動方程式は四つの成分をもつ四元方程式になる。
 絶対時間に代る不変量としては,固有時\tauをもちいる。固有時とは,これから方程式で運動を記述しようとする質点から見た時間で,どの慣性系から見ても同じ値をとる不変量である。ただ,質点は加速度運動をするから,固有時と各座標時間の関係は不変でなく,質点の速度vによって変わる。ローレンツ変換式から,
\frac{d\tau}{dt}=\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}
 新しい運動方程式は,ニュートンのそれを極限として含むから,同じ形式で書けると期待できる。
\frac{d\bf{p}}{d\tau}=\br{f} ただし\bf{p}=m\frac{d\bf{x}}{d\tau}
 これが相対論的運動方程式であり,\bf{p}\bf{f}は空間成分と時間成分をもつ四次元のベクトルである。\frac{d\bf{x}}{d\tau}=\bf{u}四元速度といい,観測者のいる慣性系からみた質点の時間座標・位置座標を示す四次元ベクトル\bf{x}を,固有時で微分したベクトルである。
 さて\bf{p}\bf{f}の正体は何だろうか?質点の静止系は慣性系ではないが,瞬間的には慣性系になっている。この瞬間静止系からみれば,質点の速度は0だから,d\tau=dtとなり,\bf{p}\bf{f}の空間成分は,それぞれニュートン力学の運動量と力に一致することが分かる。これを拡張すれば,他の慣性系においても,\bf{p}\bf{f}の空間成分は運動量と力にあたると解釈できる(もちろん一致はしない)。そこで,\bf{p}四元運動量\bf{f}四元力と呼ぶ。
 \bf{p}\bf{f}の時間成分は謎であるが,実はこれらはそれぞれエネルギーと仕事率にあたる。相対論的運動方程式は,その空間成分がニュートン運動方程式に相当し,その時間成分がエネルギー保存則に相当するのである。もちろん,相対論的運動方程式の四つの成分は独立ではない。便宜的に固有時という不変量を使ったために,形式的に式が四本になっただけである。運動方程式を解く際には各慣性系における空間座標の時間発展を得たいのであるから,独立の未知数は三つである。相対論における四元運動方程式は,実際は三元連立方程式なのであり,この点でニュートン運動方程式と違いはない。謎だった時間成分が,なぜエネルギー保存則といえるのかというと,空間成分との従属関係からその結果が出てくるのである。無論ニュートン力学でも,エネルギー保存則は運動方程式から導かれる。
 かくして,古典的な運動方程式は,ローレンツ不変の運動方程式に美事に拡張された。固有時の導入により方程式は四元になったが,独立成分は三つのままで,本来の運動方程式に加えてエネルギー保存則が一個の成分として記述された