相対性原理

(旧ブログより再録[2008年08月15日(Fri)])
すべての慣性系において,力学法則は同様に成立つ
すべての慣性系において,自然法則は同様に成立つ
 この二つのよく似た言明は,ともに相対性原理と呼ばれる。前者がガリレイの相対性原理,後者がアインシュタインのそれである。両者はともに,ある種の法則が,どの慣性系でも成立つことを主張するが,そのような法則の範囲が,力学法則のみであるか,力学を含むより一般的な法則であるかにおいて異なる。
 慣性系とは,慣性の法則が成立する座標系をいう。遠心力や慣性力などの,見かけの力が働かない座標系である。素朴には,静かに止まっている座標系が慣性系で,慣性系に対して加速運動する座標系は慣性系でない。地上に固定した座標系は,(近似的に)慣性系であるが,加減速する電車に固定した座標系は慣性系でない。
 慣性系に対して等速並進運動する座標系も慣性系である。ボールを手から離せば加速しつつ真下に落ちる,という落体の法則は,その人が地上に静止していても,船に乗って定速で動いていても成立つ。ほかの力学法則も同様だ。相対速度によらずいつでもそうである。
 かつて信じられていたように,大地が不動で,その絶対不動の大地でのみ力学が成立つのではない。互いに等速並進運動するすべての慣性系は同じ力学法則が成立ち,完全に平等である。力学的現象によって,観測者は自分がどの慣性系にいるのか,決して知ることができない。つまり,どの慣性系が絶対静止系なのかという問いには意味がない。
 異なる慣性系の間で力学法則が同じといっても,同一の出来事を観察するとその記述は異なってくる。定速の船上でボールを落とすと,船上の人にとっては真下に落ちる。一方これを地上から見れば,ボールの軌跡は抛物線を描く。しかし,これらの記述は,単純な数学的変換=ガリレイ変換で繋ぐことができる。この変換では,相対速度に時間を掛けた相対距離で互いの空間座標値のズレを補正する。極めて常識的である。直交座標を考え,変換式が簡単になるように座標軸をとれば,
x'=x-vt, y'=y, z'=z, t'=t となる。
 ガリレイ変換では,時間座標は全ての座標系で共通としている。これは絶対時間の存在を仮定することであるが,これも常識に合致する。確かに時間は万人に共通のものと思われる。
 ニュートン力学は,ガリレイ変換に関して不変の理論である。ニュートン運動方程式万有引力の法則は,それぞれ速度の時間微分,二点間の距離によって記述される。その速度の微分,二点間距離はいづれガリレイ変換に関する不変量であるから,ニュートン力学も不変なのだ。ガリレイ相対性〜ニュートン力学ガリレイ変換,この力学体系をみると,非常に完成されており,もはや何ら付け加えることはないように思える。事実,二百年以上にわたり,ニュートン力学は真理として認められてきた。
 しかし十九世紀になって,力学とは異なる分野から,やはり絶対空間が必要だと考えられるようになった。マクスウェルの構築した電磁気学の理論は,ガリレイ変換に関して不変ではないのである。マクスウェル方程式からは,電磁波の速さ(すなわち光速)がcであることが導かれる。この速度がガリレイ変換に関する不変量でないことは明らかだ。ある慣性系Aで光速がcであれば,Aに対してその光の向きに速度vで進む慣性系Bでは,光速はc−vのはずである。だから,マクスウェル方程式が成立つ慣性系を絶対静止系として特定できる。絶対静止系以外の慣性系では,マクスウェル方程式が成立たないはずだ。
 そこで,絶対空間に対して地球がどの程度の速さで運動しているのか,さまざまな観測がおこなわれた。地球の運動方向とそれに垂直な方向で,光速に差が出るはずであり,その差が地球の絶対速度であろう。しかし,どんなに工夫して観測しても,光速の変化は検出できなかった。それでは,地球は絶対静止系なのか?もちろんそんな極端な天動説は受け容れられない。「絶対空間に対する運動方向に物体の長さが縮むから,光速の差は観測できない」等,苦しい説明がされた。
 アインシュタインは,光によって地球の絶対運動が観測できないのなら,ニュートン力学についてガリレイ相対性が成立っているのと同様,マクスウェル方程式についても相対性が成立つのではないかと考えた。力学現象のみならず電磁気現象によっても,慣性系同士を区別することはそもそも不可能なのだ。これがアインシュタインの相対性原理であり,ここから特殊相対性理論が誕生する。
 しかし,マクスウェル方程式ガリレイ変換に関して形を変え,互いに等速並進運動をする慣性系毎に形が変わってしまうのであった。相対性原理を拡張するには,ガリレイ変換を棄てなければいけない。すなわち,正しい座標変換は,マクスウェル方程式を不変に保つローレンツ変換でなければならない!
x'=\gamma(x-vt), y'=y, z'=z, t=\gamma(t-\frac{vx}{c^2})  ただし\gamma=\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}
 上の式から分かるように,ローレンツ変換では,もはや時間と空間は独立していない。異なる慣性系においては,時間も空間も共通しない。これは常識に反するが,科学をやるのだから,当然常識より観測を優先させねばならない。こうして,アインシュタインによって,絶対空間が再び否定されるのと同時に,絶対時間もまた否定されたのである。