2月の読書メモ(物理)

『「余剰次元」と逆二乗則の破れ』

「余剰次元」と逆二乗則の破れ―我々の世界は本当に三次元か? (ブルーバックス)

「余剰次元」と逆二乗則の破れ―我々の世界は本当に三次元か? (ブルーバックス)

 実験屋さんの書いたADD模型の解説本。空間は三次元でなく,1mm程度より小さい領域では五次元かもしれないという話。洗練されていく近距離重力の実験でそれが検証できるかも?
 そもそも重力や電気力などの力の大きさが,距離の二乗に反比例するという逆二乗則は,空間が三次元であることから説明できる。質量や電荷などの荷量から出る力線の密度が,距離の二乗に反比例するからというキレイな説明だ。 ちなみに逆二乗則の発見はニュートン万有引力の法則が最初。
 場の量子論の考えでは,力は仮想的な媒介粒子による運動量のやり取りで生じる。この考えでも,空間中の力線密度と同様の幾何学的な説明が成り立つ。n次元空間であれば,力は距離のn−1乗に反比例することになる。ただし,これは媒介粒子に質量がないとき。
 弱い力を伝えるウィークボゾンのように,媒介粒子に質量があるときは,力の到達距離が短くなる。また,真空のゆらぎから粒子反粒子対の生成消滅の効果として,真空偏極という現象もある。これらを考慮に入れると,力の法則の一般形は,(真空偏極)×(ベキ乗則)×(湯川型減衰)となる。
 地上で初めて重力を測定したのが18世紀の物理学者キャベンディッシュ。電気力は大きいのでそれより前にクーロンが測定していたが,キャベンディッシュはクーロンの発明したねじれ天秤を改良して微小な重力を測定することができた。この実験から地球の質量を求めることができたのは有名な話。
 本当は,当時万有引力の法則は,天体間距離のスケールくらいでしか検証されていなかったので,それが実験室スケールでもあてはまるという仮定は根拠に乏しかったのだが,今ではこの仮定は正しかったことがわかっている。現在は,さらに小スケールにおける逆二乗則の検証が試みられている。
 キャベンディッシュの実験は20cm程度の距離だったが,これを縮めていくのはかなり難しい。重力がとんでもなく小さいから,わずかな振動や帯電も相対的に大きなノイズとなり,それに埋もれて精度が出ない。それを排除すべく巧妙な実験が設計されている。現代のキャベンディッシュたち!
 ADD模型によれば,重力が他の力(電磁力,弱い力,強い力)に比べて極端に小さいことの説明がうまくできるそうだ。余剰次元がミリメートル程度まで広がっているとすると,それを境に微小距離では逆二乗則が成り立たなくなってくる。それが実験で検出できるか否か,きわどいところ。
 超ひも理論で空間が十次元て説があるのは聞いていたが,余剰次元プランク長さくらいのスケールでコンパクト化されているのが常識だった。1998年のADD論文は,この常識を覆すもので,物理学者たち仰天したという。目に見えるミリ単位で余剰次元が存在するとしたらすごい。進展に注目したい。

『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミパラドックス

広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス

広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス

 1950年の夏,ロスアラモス。テラーらと昼食中のフェルミが唐突に「みんなどこにいるんだろう」と疑問を発した。地球外からの来訪者はなぜいないのか?
 銀河系には何千億個の恒星があり,惑星もそのくらいはあるだろう。中には生命の存在を許容する地球型惑星もあるはず。銀河系ができて膨大な時間が経過しており,その中には技術を発達させて地球にコンタクトしてくる文明があるはずだ。それなのになぜ来ないのか?これがフェルミパラドックス
 フェルミより前にこの疑問を表明した人(ツィオルコフスキー1903)もいたが,フェルミの名前が冠されるのは,彼が大雑把だけれども出鱈目ではない数の概算を得意としていたからという(フェルミ推算)。「シカゴにはピアノの調律師が何人いるか」みたいな。p.25
 本書は,このフェルミパラドックスに対する50の解答を紹介。解答はざっくり三つの群に分けられる。「実は来ている」という荒唐無稽なものから,「存在するがまだ連絡がない」,「存在しない」というものまで。最後の解50で著者の意見が開陳される。
 解答は独立しているわけではなく,どれか一つが正しい解答というわけではない。示された解答の複数がからみあっているのかも。こういう問題に取組むには自由な発想が必要で,SFとの関連も深い。ブレインストーミングのようで面白い。しかも,物理学者の著者がフィルターかけてくれるので嬉しい。
「実は来ている」説の中にはUFO実在論もあったりするわけだが,「実は来ている」の亜種で,「動物園シナリオ」というのが面白い。地球外生命は,自分たちの存在を気付かせずに地球人を観察しているんだよ,というもの。人類は地球という自然公園で保護されているのかもw。
 著者の結論は「存在しない」というもの。地球人が唯一の知的生命で,ETはいない。理屈としては,地球が例外的に恵まれた環境にあったということ。天動説の再来,人間原理という感じが濃厚だけど,結局そうなのかも。本書は「…かもしれない」が何百回と出てくるが,誰にも確かなことは分からない。
 人類誕生が僥倖だったというのは,いくつかの解答が根拠を述べている。継続的に居住可能な領域(CHT)はとても狭いのかも。木星があの位置にあることや,大きな月があることや,プレートテクトニクスがあることは,めったにないことで,それらは生命の誕生・進化に多大な貢献をするのかも。
 長い間近くに超新星がなかったことや,ガンマ線バースター(GRB)に遭遇しなかったことも奇跡なのかもしれない。有機物から最初の生命が誕生するのはほとんどありえないことなのかもしれない。答えはなくて,いろいろな可能性を探るだけだが,読んでてとても楽しかった

『質量はどのように生まれるのか』

質量はどのように生まれるのか―素粒子物理最大のミステリーに迫る (ブルーバックス)

質量はどのように生まれるのか―素粒子物理最大のミステリーに迫る (ブルーバックス)

 質量の起源をテーマに,量子論素粒子論の概要をやさしく解説。この手の本,よく読むのだが,導入から基本事項の確認までは快調に読んでても,後半ついていけなくなるお決まりのパターン…。無念。
 でもなんとなく雰囲気は分かってきたような気がする。要するに質量の起源は,98%が量子色力学の真空に,2%がヒッグス機構による,ということらしい。素粒子論では真空が重要で,素粒子が沈澱(凝縮)する真空における,自発的対称性の破れが質量をもたらすというのが南部理論。
 収穫だったのが,今まで何だかよくわからなかったスピンについて。シュレディンガー方程式を,特殊相対論を考慮して修正したのがクラインーゴルドン方程式だがこれはうまくいかない。さらに時間と空間の対称性を考慮して時間微分も空間微分も一階にした方程式がディラック方程式ディラック方程式から陽電子が予言され,後に確認されたことは知ってたのだが,パウリが(根拠なしに)導入したスピンも,この方程式に出現していた。すでに知られていたシュレディンガー方程式を相対論と矛盾なく書き換えることで,天下りで導入されてたスピンに理論的根拠が与えられたのか!
 ちょっと気になったこと。快調に読んでた前半部分なのだが,特殊相対論の説明で「走っている人が測ると、同じ長さのものでも伸びて見える。」(p.67)と言うのだが,これは「縮んで見える」の間違いでしょう。走っている人にとっては測るものが動いてるんだから。それが相対性。
 実は本当にどう見えるかは単純でない。p.67では,上記に続けて「逆に言うと、丸いボールを高速に近い速さで飛ばすと、地上でそのボールを見る人は進行方向にぺったんこにつぶれた空飛ぶお好み焼きを見ることになるだろう。」と書いてあるが,丸いボールは,確か丸いまま見えるんじゃなかった?ガモフも間違えたとか。
 丸いボールが光速に近い速さで横切るのを見ると,形は丸いまま見えるのだが,見えるはずのない裏側が見える。立方体とか,球ではない形だと,さらに歪んで見える。視点と物体の各点の距離が違うから,光が届く時間も異なり,その間に物体は動くのでそういう見え方になる。

ベテルギウス超新星爆発 加速膨張する宇宙の発見』

ベテルギウスの超新星爆発 加速膨張する宇宙の発見 (幻冬舎新書)

ベテルギウスの超新星爆発 加速膨張する宇宙の発見 (幻冬舎新書)

 ベテルギウスは最初の第一章だけ,副題の加速膨脹についても最終章で触れられる程度。メインは宇宙論の発展について。シン『宇宙創成』で読んだのでざっとさらう感じだった。
 ベテルギウスは,今年にも超新星爆発してもおかしくないと話題になってる。もしすれば,満月くらいの明るさになって昼でも見えるようになる。前回銀河系内で超新星爆発があったのは,400年も前。もしベテルギウス超新星爆発したら,その仕組みが詳しく解析されて宇宙論が大いに進展するはず。
 400年前の超新星爆発ケプラーの頃。師のティコの頃にもあったというが,400年前は望遠鏡はなく,肉眼での観測。それでもこの天体ショーは詳しく記録され今に伝わる。ベテルギウスはもっと地球に近く,640光年くらいの距離。しかも今人類は多くの高性能望遠鏡を持ってる。これは期待大。
 それだけにちょっと本書は期待外れ。一応超新星に焦点を当てた感じではあるのだが,いかんせん一般的な宇宙論の解説が多い。面白いエピソードも読めたのでまあいいけど。メシエが作ったメシエ・カタログは,彼が熱中した彗星探しのため,彗星でない無視してよい星雲・星団をリストしたもの,とか。
 著者は,サイエンスライターということだが,慶應の法学部出身らしい。文科省宇宙開発委員会の委員を7年やってたそうだけど,どういう経歴だろ?ちょっと誤解に基づくような記載も見かけた。
 p.77「ヘリウムは独立独歩の元素で、互いどうしでもペアを組むということがない元素です。そのため、ヘリウムが核融合するためにはある条件を満たさなければなりません。三個のヘリウム原子核がほぼ同時に超高速で衝突することです。」
 これって化学反応と核反応をごっちゃにしてないかなぁ?
 著者の夫の野本憲一氏は天文学者ということ。なるほど。