3月の読書メモ(北朝鮮)

金正日が愛した女たち―金正男の従兄が明かすロイヤルファミリーの豪奢な日々』

 著者は脱北者で,97年に暗殺された。韓国への亡命から14年,本書(の原書)刊行の翌年のことだった。間近で見た金正日一家の日常と,自身の亡命生活を告白。
 叔母が金正日に見初められ,本妻の位置に収まったことで著者もロイヤルファミリーの一員に。その叔母は正男を産み,著者はよく正男の世話を焼いた。前半で暴露される金一族の暮らしよりも,後半の脱北・亡命についての話が衝撃的だった。著者は魔が刺したとしか思えない。
 著者も北朝鮮では権勢を傘に着ていて,パワハラもし放題。それを当然のことと思っていた。ただ資本主義世界に興味をもち,21歳若気の至りでジュネーブ留学中に韓国大使館に電話アメリカ行きを希望するが,いつでも行けるからと韓国への亡命を勧められ,話に乗る。なんといういきあたりばったり。
 韓国では,苛酷な取り調べが待っていた。ロイヤルファミリーの一員であることは伏せていたが,あっというまにボロがでて真実を告白。この本に書いたようなことは洗いざらい話したのだろう。国外への移動は制限され,話が違うと憤る著者。そのうち利用価値がなくなると,亡命資金も先細りに。
 若かったせいもあるだろうが著者は脇が甘い。亡命を選択するにしてはまったく覚悟が足りなかった。亡命初期に,金日成還暦祝いのロレックスを風俗店の支払いにするとか,孤独で寂しかったころのガールフレンドに出自を告白,すぐに去られるとか。本書刊行も浅はかだった
 安定していたKBSを脱サラして起業するが裁判沙汰となり結局は失敗して妻子に辛労をかける。つましく暮らす,というのは生い立ちを考えれば無理なのかもしれないが。娘が誕生した時は,大喜びで友人に電話をかけまくるなど,無邪気というか,要するに凡人ということだろうか。
 それで本当に境遇も凡人であればよいのだが,さにあらず。凡人っぷりが文字通り命取りになった。著者の本名は李一男。韓永は亡命生活を始めるにあたってつけた名だ。意味するところは「韓国とともに永遠であれ」。 …どうにも切なすぎる…。

北朝鮮はるかなり―金正日官邸で暮らした20年』

北朝鮮はるかなり―金正日官邸で暮らした20年 (文春文庫)

北朝鮮はるかなり―金正日官邸で暮らした20年 (文春文庫)

 著者は金正男の義理の伯母。母の代からの激動の家族史。文章は少し分かりにくいけど時代に翻弄された人生の記録は貴重。
 日帝時代の1935年にソウルの地主の家に生れた著者が,解放後,共産主義に傾倒し,北朝鮮に渡り,その後,女優になった妹が金正日に見初められて正男を産んだために,ロイヤルファミリーの一員として長く過ごすことになる。自分の結婚は十年に満たずに死別している。
 家が地主だったことで,父も母も思想闘争で大変な苦労をしてきた。母も烈女で,女性が虐げられる世の中を打開してくれる共産主義に魅了されて,ソウルに娘たちを残して北へ渡るとか,すごい意気込みだ。それなのに共産党には裏切られてばかりなのはつらい。
 朝鮮戦争の時に母と妹とともに北朝鮮へ渡った。後半のロイヤルファミリーの一員としての生活。物質的には満たされても外部との接触を抑えられ,絶望の高級監獄生活
 息子の一男が南朝鮮へ亡命したのも,それに我慢が出来なくなったからだし,著者自身も最終的には西側へ脱出している。行方知れずになった一男から13年ぶりに電話がかかってくるが,南朝鮮の情報機関(安企部)の影を感じ,素直に喜ぶこともできない。結局一男は暗殺され,著者は南朝鮮の仕業と断定してた。