読書メモ(文明崩壊)

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)

 すごく深い内容。環境破壊や人口膨脹で資源が不足し,衰退していった文明が過去にいくつもあった。上巻は文明が崩壊した歴史上の実例を主に扱い,下巻で現代・将来の文明崩壊を検証・考察するようだ。第一章のモンタナはちと冗長だけど,第二章からのイースター島ピトケアン諸島,アナサジ族,マヤ,アイスランドグリーンランドは良い。どれも世界史には乗らない小規模な社会の話だが,人類史という観点からはとても重要で興味深い。
 イースター島ピトケアン諸島は南東太平洋の小島。特にイースター島は絶海の孤島で,もっとも近い陸地(ピトケアン諸島)から2000キロ以上も離れてる。18世紀末にクック船長が詳しく調査しているが,同行のタヒチ人と話が通じたため,イースター島にはポリネシア人が移り住んでいたことがわかった。もっとも近い島から2週間以上もかかる。小さな舟にニワトリとタロイモを積んで,千年以上前に!ポリネシア人たちは,東南アジアから舟で東へ移り住んできたというが,こんなところまで来るとは…。鳥を見ることで,ポリネシアの航海者には150キロも手前から陸地の存在がわかったといってもすごいことだ。
 イースター島は,初めて入植のあった西暦900年ころからオランダ人に発見される1722年まで,まったく人の行き来がなかった可能性もある。孤立していて,直径15キロの島内ですべてが完結していた。亜熱帯で,ヤシなど大木が生い茂っていたイースター島。人口は最大で15000ほどあったらしいが,木は伐採しつくされ,燃料・材料・食糧が不足して減少。争いどころか,食人まで起こったという。この過程で,モアイも倒され,打ち捨てられた。全滅はしなかったものの,18世紀には人口は2000人ほどに減っていた。そのうえ西洋と出会ってさらに搾取される立場に。天然痘など伝染病で死んだり,奴隷として連れ去られたりして,1872年には111人にまで人口が減少したという。
 イースター島の衰退の原因は,森林破壊が大きい。他の地域から全く隔絶していて,比較的高緯度で乾燥しており,火山灰が飛来せず地力の回復が遅いというイースター島の地理的環境によって,持続可能な森林利用ができなかった
 ピトケアン諸島の例は,社会の崩壊に交易の要素がどう関わるかについて示唆的。ピトケアン諸島には,居住に適したマンガレヴァ島,ピトケアン島,ヘンダーソン島があって,これらの間で交易が行なわれていた。各島で産する石,土壌や生物はそれぞれで,貝の釣り針や玄武岩の手斧,火山ガラス製刃物などをやりとりしていた。どの島でも環境破壊が進んでいたが,特にピトケアン島,ヘンダーソン島ではもともと自給自足の生活が不可能で,マンガレヴァ島の衰退により交易が途絶えると,消滅してしまう。これは小規模な例だが,現代のグローバル化,経済相互依存性を思うと,空恐ろしくなってしまう。
 グリーンランドも印象に残った。入植したノルウェー人の末裔数千人の社会が,450年で消滅してしまう物語。西暦700年ごろ,増える人口を養えなくなったノルウェーからヴァイキングが近海へ乗り出すが,欧州への襲撃が割に合わなくなってくると,次第に西の島々へ植民を始める。アイスランドグリーンランド,さらに北米大陸まで進出した記録が残る。遠く,先住民もいた北米大陸では植民は失敗するが,グリーンランドでは長く続いた。しかし,アイスランドより遠く,より寒冷であったため,最終的には全滅してしまう。太平洋の島々と違って寒いというのもあって,何とも悲しい…。
 ただ,グリーンランドでも,イヌイットたちは生き延びている。なぜノルウェー人社会は滅びたのだろう。彼らは家畜ももち,ミルクや食肉というイヌイットたちにはない食糧をもっていた。キリスト教化されており,司祭や首長を中心に階層社会を築き,比較的大規模な社会をつくっていた。しかし彼らは,自分たちのやり方が環境に合わなくなっても,イヌイットに学ぶことがなかった。少し遅れて北極圏を通ってグリーンランドにやって来たイヌイットたちは,クジラやアザラシ漁の技術をもち,その脂を燃料にし,革で機能的なカヤックを作ることに長けていた。ノルウェー人たちは,農耕・牧畜が伝統であり,風が防げて気候のよいフィヨルド系内で修正を加えながらもその伝統を守っていた。キリスト教文明化されていたせいで,狩猟採集民を蔑む傾向があり,友好な関係を築けず,交易を行おうともしなった。でも交易なんて発想は,大航海時代以前には難しい。厳しい環境では新しい試みは失敗することが多く,保守的になるのも仕方ないのかもしれない。
 植民当時,温暖だった気候が寒冷化に向かうと,司教や物資を積んだノルウェーからの船も来なくなり,グリーンランドノルウェー人社会は壊滅につき進む。著者は想像する。極度の窮乏に直面して,階層社会は崩壊する。多くの家畜を有する首長たちの権威は落ち,その農場へ,飼葉の不足から家畜を処分せざるを得なかった零細農民が殺到する。飢えた住民がそのウシやヒツジを最後の一頭まで屠ってしまうのを,少数の首長側が阻止できるはずもない。その冬の終りか春には,すべての住民が餓死したことだろう…。

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)

 過去・現在の文明崩壊の原因は何なのか,将来の文明破壊を食い止めるにはどうするか。著者は自然環境の変化よりも人間の意思決定が重要であると力説する。この点,前作『銃・病原菌・鉄』で,西洋文明の隆盛の究極的要因を地理的環境に求めていたのとは対照的だ。
 本書下巻は,上巻に引き続いて過去の事例紹介から。上巻ではイースター島グリーンランド等の崩壊例だったが,下巻はニューギニア高地や江戸時代日本といった崩壊回避例から始まる。
 文明崩壊を回避した例は,ボトムアップによる回避策が奏功した小規模社会と,トップダウンによって対処できた大規模社会に見出せる。ニューギニア高地やティコピア島の例は前者で,日本の例は後者。どちらも環境破壊に気付き,持続可能な利用を実現することができた。
 上巻で見た文明崩壊例の多くは,これらの中間に位置する中規模社会で,社会の規模が運命を分けたということができる。ただ,適切な政策が選択されることが大前提。民主的な政治が行なわれている必要はなく,強権的独裁によって環境保全がなされることもあるのは,現代のドミニカの例にも見られる。
 過去に続いて,現在の文明崩壊について,ルワンダ,ハイチ・ドミニカ,中国,オーストラリアが紹介される。1994年ルワンダの大虐殺は,民族的対立が原因とされるが,それだけでは説明できないフツ族同士の殺し合いも現出した。過剰な人口による資源不足も大きな原因だった。
 ハイチとドミニカはカリブ海イスパニョーラ島を二分する二国。植民の経緯が異なり,その後の歴史も異なって,現在ハイチでは森林破壊がひどく,国境を挟んでドミニカとの差が著しい。なぜこのようなことになったのか,詳しく紹介されている。ドミニカの独裁者,バラゲールの環境政策が大きい。
 オーストラリアは古い大陸で,地力が乏しい。それにもかかわらず,イギリスからの移民たちが祖国での地価を適用して同じように利用したため,土地はすぐに劣化してしまった。またウサギやキツネを持ち込んだのは大失策で,乏しい草木を食い荒らされる結果に。
 過去・現在の例から,将来についてどう考えることができるだろうか。世界人口は,過去よりも現代の方が圧倒的に多く,科学技術の破壊力も以前とは比べ物にならない。グローバル化によって,世界の繋がりは増し,局地的な破壊が世界的な破壊につながりうる
 しかし著者は自らを「慎重な楽観主義者」とする。長い間受け継がれてきた知識を活用し,長期的な視野をもって,冷静に議論し行動することによって,事態が改善することは十分期待できる。確かに人類は多くの失敗をしてきた。でも,それをふまえて適切な対応を探っていくことは可能。そう考える著者に同意したい。