12月の読書メモ(経済)

ヤバい経済学 [増補改訂版]

ヤバい経済学 [増補改訂版]

 経済学というより雑学の書。身近な社会の現象を,経済学的視点で眺めて説明する。キーワードはインセンティブ。犯罪とかごまかし,インチキの例が多数あるのも特徴的。
 日本で以前相撲の八百長が問題になったが,そのときにこの本が話題になった。著者のレヴィットは相撲の八百長について論文を書いていて,それがこの本にも盛り込まれていたから。勝ち越しがかかる試合の勝率が有意に高いことを,データから証明している。
 他にも,生徒が受ける統一テストの成績で評価される先生が,自分のクラスの成績を水増ししている現象とか,薬物の売人の収益構造とか,ロー対ウェイド判決が犯罪防止に果たした役割とか,白人と黒人の名付けに関する傾向とか,興味深い話題に事欠かない。
 アメリカの本なので,相撲以外はほぼアメリカの話だけど,なかなか楽しめる。ロー対ウェイドは,中絶を合法化した判決。高い確率で犯罪を犯すことになる,望まれない子が生れないことが,犯罪抑止につながったらしい。「割れ窓理論」で些細な犯罪を厳しく取り締まった効果はたいしたことないそうだ。
 インセンティブによる行動も,なかなか表面的で単純ではないのが面白い。保育園の延滞利用に対して,罰金をとるようにしたら,逆に延滞が増えた例とか,献血をしてくれる人に奨励金を払うと,献血が減るとか。罰金は免罪符の働きをし,奨励金は気高い行為を堕落させる。なるほどなぁ。
 経済学的に,選挙の投票には一見合理性がないそうだ。払うコスト(投票所に赴く)に対して,得るもの(当選に果たす貢献)が少なすぎて話にならない。でも払うコストを下げようと,スイスで郵便投票が行われた時,投票率は下がったらしい。これはかなり不思議な感じがするが,どうやら,投票所で近隣の人に「見られる」というのがかなり大きいらしい。「善良な市民は投票するものだ」という社会規範があって,それを実践していることが可視化されるのが大事。郵便投票や,ネット投票ではそれが見えないので,かえってインセンティブを殺いでいるみたい。へぇ。

大停滞

大停滞

 字も大きく,150ページ程度で楽に読めるが注目の書らしい。著者は「Marginal Revolution」という大人気経済ブログを運営する経済学者。英語なので読めず残念。近年のアメリカの経済停滞の理由を「容易に収穫できる果実」の枯渇に求める説。
「容易に収穫できる果実」とは,先住民から奪った「無償の土地」,「技術革新」,教育を受けてこなかった「賢い子供たち」。土地は19世紀末にはなくなり,技術革新や未教育の子供たちも70年代で払底してしまった。これが長期停滞の真因だとする。
 もちろん著者も技術革新の消滅に対しては異論を予想している。インターネット技術の急速な進展は反例ではないかとも思われるが,経済発展には結びつきにくい。消費者はたいてい無償で受けられるサービスとしてその技術の恩恵を享受している。
 著者は,近年のイノベーションの多くは「公共財」でなく「私的財の性格を帯びているとも主張。知的財産の保護を過剰に求め,万人のための商品を生み出すのには使われにくい。この現象の産物として,所得格差拡大も金融危機も説明できる。
 技術革新がだんだんしょぼいものになってきているというのは確かにそういう実感も。特許件数等ではイノベーションの速度は測れない。有用な技術はすでに開発され普及してしまっているような感じも受けるが,でもよく考えると途上国などへはまだまだだ。もっと余地があるような気もする。
 それにしても,19世紀後半からの百年ってのはすごい時代だなあ。鉄道,電信,官僚機構。社会の根幹をなすシステムが急速に出そろい,人々の生活がどんどん変わっていった。ほとんどの人々を巻き込む悲惨な総力戦も経験した。停滞も案外悪くないかも。
 本書では,停滞からの出口を探して,中国やインドに注目することと,科学者の地位を高めることを提唱。インターネットで個人が自己学習することも将来の「容易に収穫できる果実」に結びつくかもしれない。科学者の地位向上なんかには大いに賛成だけど,そううまくいくか疑問もある。
 科学者を正当に評価できる土壌が育っているだろうか。インターネットで学習といっても逆に洗脳されている人がいないだろうか。ツイッター等見てると微妙な雰囲気を感じる…。もし「容易に収穫できる果実」が得られるならとっくに収穫されていて,そうそう残っていないような気もする。