12月の読書メモ(人物)

ブラックホールを見つけた男

ブラックホールを見つけた男

 主人公は植民地インド出身の天体物理学者チャンドラセカール。彼の生涯(特に大御所エディントンとの確執)を軸に,ブラックホール研究の進展や,天体物理と水爆開発の関係などが描かれる。
 バラモン階級の恵まれた家庭で育ったチャンドラセカールは,19の時に,ケンブリッジで物理の研究をするため宗主国イギリスへ渡る。その船中で計算した結果が,もっとも有名な業績白色矮星の上限質量「チャンドラセカール限界」を発見,これで後年ノーベル賞を受賞している。彼の叔父のラマンも有名な物理学者で,船上で海面を眺めているときにラマン効果を着想したというから,なかなかのエピソード。
 白色矮星は,恒星が燃え尽きた後に残る高密度の天体で,強い重力を電子の縮退圧が支えることによって安定している。この白色矮星の質量が大きくなると,電子の縮退圧が重力に負けて,際限なく内側へ崩壊してしまう。今でいうブラックホールが予言されたことになる。
 チャンドラセカールがこの結果を発表したのは1931年。当時ケンブリッジには天体物理の大御所エディントンがいた。彼はアインシュタイン相対性理論英語圏ではじめに紹介し,さらに一般相対論を検証する1919年の日蝕観測をしたことで高名で,とても大きな影響力を持っていた。
 しかしエディントンは,チャンドラセカールの得た結果に反発。1935年1月11日の王立天文学会協会の会合で,チャンドラセカールの研究を執拗に攻撃。物理に無限大などありえない,星が無限に潰れるはずなどない,それを妨げる未発見の何かがあるはずで取るに足りない無駄な研究だ,と大勢の目の前で痛烈に批判した。根拠のない中傷であるが,重鎮エディントンの意見に周囲も流されてしまう。当時の社会状況を考えると,人種偏見があったのかもしれない。チャンドラセカールの人生に,この事件が長く尾を引くことになる。
 結局チャンドラセカールはその後アメリカで研究を続け,帰化する。理論と観測が進み,白色矮星より小さく高密度で,中性子の縮退圧で支えられる中性子星が予言され,パルサーが中性子星であることが分かり,さらに中性子星にも質量の上限があることが分かってくると,巨大な恒星が燃え尽きて超新星爆発を起こすと,中心に中性子の縮退圧でも支えきれないブラックホールができることがようやく受け入れられるようになってきた。頑迷なエディントンがブラックホール研究を遅らせたと評されることもあるようだが,ブラックホールが受け入れられるにいたったのは,コンピュータによる大量の計算を用いた多くの研究が積み重なった結果のような感じも受ける。チャンドラセカールは生涯根に持っていたようで,当事者である以上それは仕方がない。パラダイムが変わっていくのはやはり徐々になんだろう。
 本書には,20世紀の名だたる物理学者たちがたくさん登場してなかなか壮観。ハイゼンベルク,パウリ,ディラック,ボルン,フォン・ノイマンオッペンハイマーフェルミランダウ,ガモフ…。チャンドラセカールはその中では無名なほうだろうが,ほかにX線観測衛星「チャンドラ」にもその名を残した。彼の死後4年,1999年に打ち上げられた。ブラックホールは周囲のガスを吸い込むときに強力なX線を出すがそれを観測できる。
 彼は19の時の着想がノーベル賞授賞理由になったことに不満だったそう。自伝的声明文で,星の構造のほかにも,放射伝達,電磁流体の力学的安定性,楕円形状の平衡,流体及び相対論と相対論的天体物理学,ブラックホールの数学理論についての業績を列挙したとか。とてもストイックな人で,難解な数学をこねくり回すのもあまり苦にしなかったし,ノーベル賞受賞後も精力的に研究・執筆を続けた。高潔な生活が科学で偉業をなすのに不可欠と信じていたらしく,シュレディンガーに多くの愛人がいたことに衝撃を受けたという。愛すべき人物だ。

ヴィクトリア女王―大英帝国の“戦う女王” (中公新書)

ヴィクトリア女王―大英帝国の“戦う女王” (中公新書)

 最盛期の大英帝国に君臨した女王の評伝。在位は63年を超え,昭和天皇よりちょっと長い。最近読んだ清盛本よりずっと面白かったのは,著者の筆力が大。あと,時代が近代だからかな。近代好きなので。
 ほぼ時系列に沿って,女王中心の描写が続くのだが,結構な分量があって,「長い18世紀」がウィーン会議で終わった後,19世紀末までのヨーロッパの歴史も概観できる。序盤と終盤,若き女王と老成した女王のあたりがとても読ませる内容だった。中盤は議会政治との確執が描かれ少しとっつきにくい。
 イギリス王室の王位継承は,男子優先の長子相続制が基本。王子がいない場合,王女が年齢順で王位を継承する。子がいなければ傍系へ。これは16世紀以来の伝統で,実際に何人もの女王が出ているのはよく知られたとおり。ヴィクトリアの父は,ジョージ三世の四男。王位が回ってくることはなさそうだったが,将来女王になるはずだった長兄(王太子)の娘シャーロットが最初の出産で子とともに死亡,他の兄にも子がないか早世していたため,話は変わってくる。父と祖父(ジョージ三世)の死によって,ヴィクトリアは生まれてまもなく,継承順位第二位に踊り出ることに。小さいうちから女王になるための帝王教育が始まる。
 伯父の死により18歳で即位。翌年の即位式での女王の立ち居振る舞いは驚くほど堂々としていたという。ややリップサービスかも知れない。はじめはやはり経験浅く,首相メルバーンに頼り切ってしまうところもあった。好みの宮廷人事を押し通して政権交代を妨害してしまう事件も(寝室女官事件)。
 その後は次第に女王も成長してゆく。20歳で母方従弟のアルバートと結婚。以後17年で9人の子をなす。16人のマリアテレジアには負けるがすごい。これで宮廷外交も有利になって,晩年には各国の君主に親戚が大勢。ドイツのヴィルヘルム二世は孫(初孫)だし,ロシアのニコライ二世は孫の夫。
 長い在位の間には様々なことがあった。クリミア戦争,第二次アヘン戦争セポイの乱,アフガン戦争,ボーア戦争。内政ではアイルランド問題や,保守党と自由党の二大政党制の確立。「君臨すれども統治せず」とは言うが,女王はかなり積極的に政治にかかわっている。1848年の仏二月革命,独三月革命の余波が尾を引き,君主制廃止の主張が高まる共和制危機も経験した。選挙権の拡大に起因してジャーナリズムを意識しなくてはならなくなっていく。国民の目に見える形で女王の存在意義を示さなくてはならない
 パーマストングラッドストン等,歴代首相との確執,息子の出来にやきもきしたり,ビスマルクに敵意を抱いたり。結構感情がはっきりしている印象を受ける。やはり我が国の天皇とはイメージが違うな。政治にかかわり書簡もいっぱいのこってるからいろいろわかるんだろうか。即位50周年,60周年のお祝いは,各国から人を招いて盛大に。金婚式,ダイヤモンド婚式の名前はこれに由来するのかも。即位50周年記念式典,60周年記念式典は,それぞれ「Golden Jubilee」,「Diamond Jubilee」というらしい。エリザベス二世のDiamond Jubileeは今年だそうだ。

大いなる謎 平清盛 (PHP新書)

大いなる謎 平清盛 (PHP新書)

 清盛とその周辺を復習。平氏一門の人名など多くて紛らわしくいまいちわかりにくい。小説なんかで読んだらわかりやすさが違うのかも。
 いくつか気に入ったエピソード。清盛が白河上皇の御落胤だという説がうそっぽいとか,家盛という有能な異母弟がいたが病死したために清盛は忠盛の後継に決まったとか,保元の乱の戦後処理で三世紀半ぶりに死刑が復活するけど,平氏や源氏の間では私刑としての斬首がそれまでも行なわれてて,それが公式採用になっただけとか。
 清盛は四方に気を配ってうまくやったのもあるけど,やはりすごく運がいい。保元・平治の乱で勝利して,太政大臣になる。でも晩年急速に没落へ突き進む。治承三年のクーデタで後白河上皇を幽閉。院政を終焉させるが自ら院政に酷似した政治手法をとり,反発を招く。福原遷都も失策だった。以仁王の令旨が出て源氏が挙兵。そんな中で死んでいく。臨終間際はかなりな焦燥感に駆られてたのかな。幸せな人生だったともいえないな。