12月の読書メモ(自伝)

困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)

困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)

 偉大な物理学者ファインマンのエッセイ。初めの妻アーリーンと父メルの思い出,それとスペースシャトルチャレンジャーの事故調査についてが詳しい。立花隆の解説がかなりタメになる。
 ファインマン本といえば,『ご冗談でしょう、ファイマンさん』が先で有名。『困ります…』はその補遺的作品。ファイマンが著者となっているが,自身で執筆したのではなく,聞き書きらしい。『ご冗談でしょう…』も同様。
 幼少時のエピソード。サンタクロースがいないことを知った時,衝撃はなく,すぐ納得したとか。プレゼント配りをどうやってやっているのか常々不思議だったため,「もっとわかりやすい理屈があることがわかってほっとした」んだって。さすが。
 最初の妻アーリーンは結婚してしばらくで死んじゃうんだが,彼女も合理的な人で,不治の病であることの告知をめぐって,ぐっとくるエピソードがあった。家族の圧力で,アーリーンに嘘をついてしまったのが,結局はばれてしまうのだ。
 永久機関の売り込み話も面白い。ただこれはエンジンが爆発して,死傷者が出て,裁判沙汰にもなったそうだ。よくもそんな危ないところに行ったものだ。長年語るうちに,ファインマンの話も尾鰭がついたりするようだから,事実なのかどうかはよくわからないけど。
 チャレンジャー事故。原因は,固体ロケットブースターの継ぎ目のOリングが低温で弾性を失ったことによるのだが,ファインマンが果たした役割はとても大きい。初めは気乗りしなかったけど,半年やると決めたらとことんやる。最初のブリーフィングではみるみる技術を吸収。高齢だったのにすごい。
 事故調査委員会がなかなか動き出さないのにしびれを切らし,独自にNASAを訪れて情報収集するとこなんかも,やはり好奇心の塊。そういう素質がノーベル賞にもつながったんだろうなあ。作業員や技師との意思疎通を通じて,管理と現場のコミュニケーションの断絶が事故の遠因であることを喝破する。
 管理側は,スペースシャトルを予定通り飛ばすという圧力の中,つじつま合わせに徹してしまう。大事故の確率は10^5分の1。だとするとポンプの故障率は10^7分の1…等とありえない数値が書類に盛り込まれてしまう。原発の推進も案外そんな話かも。歴史に学んでるのか?
 ファインマンって英語(国語)が苦手だったらしい。「そもそも英語のスペリングなんぞというものは、自然界の現実とは何の関係もなく、ただ人間が勝手にでっちあげたものに過ぎない。だからそんなものを正しく綴ろうがちょいと間違えようが、ちっともかまうことはない。」(P.23)
「字の書き方なんて、たかが人間が作りだした習慣じゃないか。自然にはどんなふうに見えるべきだなんて法則はないよ。自分の好きなように書けばそれでいいじゃないか。」(P.57)ただこれはアーリーンにたしなめられて「美しい筆跡で書くには、特別な筆のもって行き方というものがちゃんとある」ということに気付いたらしい。そうかなあ?病気の愛妻の言うことだから,納得してしまったのかな。

部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話

部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話

 著者は高名な物理学者。学者仲間や学生たちとの対話を再現することで,十代のころから半世紀間にわたる,彼の思想遍歴をたどるという趣の本。
 ちょっと前にファインマンの本を読んだけど,ものすごく対照的。ファインマンは陽気であっけらかんとしていてユーモアもたっぷりなんだけど,ハイゼンベルクはなんか…真面目。対話のシチュエーションは,けっこうハードな山歩きだったりとストイック。まあ時代と環境の違いによるものかもしれないが。
 なんせ,ハイゼンベルクが高校生のときに一次大戦でドイツは敗れ,三十代ではナチスが政権をとって,その後彼を含めた物理学者たちは原爆の開発に協力させられたという時代だから,無理もないかもしれない。
 ともあれ,対話に登場する人々は錚々たるメンバー。師のゾンマーフェルト,ボーア,同世代ではパウリ,ディラック,ほかにアインシュタインフェルミなど。対話の内容は,量子論,哲学,生物学,政治,戦争と多岐にわたる。
 アメリカの実用主義実証主義には一貫して批判的で,「人間存在とは」みたいな問いを常に持ちながら思索を深めていた様子。過去の対話を完全に再現できるわけはなく,執筆時からの再解釈が多く入り込んでいるとは思うけど,つじつまはあっている感じ。
 彼は若くしてノーベル賞をもらっているが,全然その話は出てこなかった。行列力学をひらめいたときのことや,不確定性原理についてはいろいろと書いているけど。とにかく哲学哲学していてかなり読みにくかった。
 ユーモアはまったくないけれど,ワイルの『空間、時間、物質』を読んで物理を志し,ゾンマーフェルトに見込まれ,パウリともその話で意気投合するといった冒頭の記述など,なかなか引き込まれる部分も。ただナチス政権下,戦時下,戦後も原爆の衝撃下,の思索が大半なのでやっぱりちょっと気が滅入る。