11月の読書メモ(食・農)
「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える
- 作者: 畝山智香子
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2011/10/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「食べ物は,もともと安全な無垢のもので,汚染物質の混入によって,健康被害が生じる」と恐れるのが一般の認識だが,これはまったくの間違い。自然の動植物に毒はつきもの。人類は長い歴史の過程で,多くの犠牲者を出しながら食べても「直ちに危険はない」ものを見出してきた。現状でも普段の食事に含まれる化学物質が完全に解明されているわけではない。我々は,そんな未知のリスクのかたまりを,ともかく摂取して生きていかなければならない。そこを出発点としてとらえることが肝要。
添加物や農薬など,人為的に加えられる物質については,動物実験等の結果からかなり安全を見込んだ基準値が設定され,許容できる値を大きく下回るように管理できていると見てよい。それに対して環境に存在する物質が不可避的に食品に混入する場合,管理が難しい。天然汚染物質の含有にメリットはないが,完全に除去することも不可能なので,主にヒトの疫学調査結果から,耐容量が決められる。その結果,食品に対して意図的に使われる物質については,安全の余裕が大きいが,天然物の場合には余裕が少なくなっている。
放射線管理の基準が,平時と事故後で異なることの背景にも,これと同様の理由があるらしい。被曝はできるだけ少ない方がよいから,平時は厳しく管理。不幸にして事故で環境が放射能汚染されてしまった場合には,過去の知見から考えて実害の少ない範囲でコントロールする。
リスクゼロがあり得ない以上,リスクを比較することが大切になる。そこで,食品の放射能汚染のリスクと,遺伝毒性のある他の天然汚染物質のリスクを比較。両者とも用量と発癌リスクの関係は線形で,閾値はないとして管理されるから,適当な換算を行なえば比較ができる。仮定の入った大雑把な比較にならざるを得ないが,それでも放射線リスクに過敏になりすぎるのが得策でないことはよくわかる。食品中では米やヒジキ,ミネラルウォーターにも含まれるヒ素が最もリスクが高い。摂取習慣のない欧米では,米やヒジキは控えるようにとの助言もよく聞かれるそうだ。
最近でも時折,食品から基準値を超える放射能が検出されたと騒がれるが,冷静に考えると,ヒ素やカドミウム,アクリルアミドなどの遺伝毒性物質のリスクと比べて別に騒ぐほどのことではないのかも。基準値超えがニュースになるということは,逆に殆どの場合で基準値を下回ってるってこと。仮に基準値を超える食材が出回ってしまったとしても,多様な食材をとることでリスク分散をしておけば,心配には及ばないと考えられる。心配のあまりストレスで体調を崩してしまえばつまらない。健康的に見えるが,実はマクロビでヒジキをたくさん食べることの方が危ないようだ。
ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想(DOJIN選書28)
- 作者: 畝山智香子
- 出版社/メーカー: 化学同人
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残留農薬や添加物の基準値として,ADIがよく使われる。これは「生涯毎日摂取しても健康に影響がない量」で,動物での慢性毒性試験における無影響量に安全係数(種間10,個人差10の計100で割る)を掛けて算出。かなりの余裕が見込まれている。中国餃子事件などのような急性中毒では,別のARfDという基準値を使う。これも動物実験から算出。人間で試験することは倫理的に不可能。
人工より天然が安全というわけではなく,たとえばタマネギなんかでADIを計算してしまうと,ほとんど食べられなくなってしまう。アクリルアミドやトランス脂肪酸,魚類のメチル水銀(汚染がなくても)など,天然の食材からも健康に影響のある物質は検出される。大事なのは,定量的にリスクを見積もって,理性的に判断すること。現状ではそれができずに,BSEや賞味期限渡過問題など,些細なリスクを避けるために大きなコストをかけてしまっている。
要は株でポートフォリオを組むのと同じで,リスク分散。健康食品などに頼らず,多様な食材をいろいろな調理法で変化をつけて摂取することで,一部の食材で基準値を大きく超えるようなことがあっても,危険は軽減できる。
- 作者: 中西準子
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1991年から92年にかけて,ペルーで起こったコレラ蔓延には驚く。トリハロメタンの発癌性を問題として,水道水の塩素消毒をやめてしまったところ,80万人がコレラに罹患,7000人が死亡したという。凄。自然信仰,生食信仰が蔓延する日本もひと事ではない。
特に第二章がなかなか。食品や栄養が健康に与える影響を過大評価するフードファディスムの概念を,日本に紹介した高橋久仁子氏との対談。フードファディズムは両極端があって,「砂糖が有害だ!」という声が上がると,企業側が反対に「砂糖で頭がよくなる!」と主張するようなことが起こる。こうなるとどちらも同じ穴のムジナだ。
フードファディズムに取り込まれやすいのは家庭で孤独に奮闘する女性たち。男性の参加で改善するのかもしれないが,道は遠い。食育基本法に対しても懐疑的で,その根底に食育は「女がやれ」という思想がこもっていると女性学者二人で気焔を上げる。根は深いのかも。
著者は,食の安全を求める市民運動にかかわったこともあるそうだが,運動との訣別も経験。最初は正しくても,一つのスローガンを言い続けなくてはならなくなると,時代についていけずに間違った運動になってしまう。そういうのってきっとあるよね。いろいろと,難しいんだな。
- 作者: 松永和紀,日本植物生理学会
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11/22のNスペ「アレルギーを治せ!」を見たのだが,偶然にもこの本にそれ関係のネタがあった。アレルギーの減感作療法につながる「スギ花粉症緩和米」の話。遺伝子組換技術によって日々食べながらアレルギーを緩和する米ができる可能性があるらしい。僕も花粉症なので大歓迎!
植物の遺伝子研究におけるモデル生物としてシロイヌナズナを確立した岡田清孝氏を取り上げた第一章も面白い。大腸菌やショウジョウバエ,マウスなど,世代交代が早くて,実験室で育てやすく,遺伝子操作も容易な生物が早くからモデル生物として確立していたが,植物では遅れていたという。
遺伝子組換というと,嫌悪感から反対する人が多いが,それは誤解に基づくことも多い。日本でも遺伝子組換生物からの食品は広く流通しているし,安全性は厳しく管理されている。そもそも農業だって自然を人工的に利用し変化させてきた。冷静にリスクを勘案して選択していくのが有意義だろう。