10月の読書メモ(原発)

 著者は小児がん感染症が専門の医師。政府に批判的な立場から,今回の事故による放射線健康被害を論じる。ただ報道が危機を煽りがちであることを憂慮していて,バランスのとれた指針を模索。
 政府の初動対応,特にリスクコミュニケーションを強く批判。第一章では,枝野官房長官の記者会見の文字起こしに,傍線をつけていちいち疑義を呈する。パニックにならないように呼び掛けるあまり,矛盾をはらんだ説明になったり,事態の悪化に追従できなかったりしたことを問題とする。
 ただ,ある会見では説明が十分でないと言い,別の会見では専門的でわかりにくいと言うのは,ちょっと政府に酷かも。人々の情報要求は,住む地域や興味によってそれぞれだから,政府発表で納得する人もいれば,もっと深く知りたい人もいる。知りたい人はさらに別の手段で調べればいいわけで,政府発表で必要十分な情報を提供しきれるものではないのではとも思う。
 小児癌と疫学についての第四章は,本書の真骨頂だろう。放射線による健康への影響の事例を見ながら,疫学の考え方の基本が学べる。チェルノブイリでは,小児の甲状腺癌増加のほかに有意な癌リスク上昇は観察されないこと,子供の白血病が集団発生していても放射能汚染の影響とは決めつけられないこと(セラフィールド)。
 第六章「処方箋」では,著者自身の行動指針が示される。自分が妊婦なら,年間5mSvで一時避難,独身男性なら普段と変わらぬ生活,子供の母親だったら年間10mSvで除染を呼び掛ける,など。人によっては参考になるかもしれない。
 著者のHPでいくつか記述の訂正がされているが,ほかに少し心もとない記載も内部被曝についてのBqからSvへの換算で,核種毎に半減期を考慮した換算係数の話を述べて,「素朴な疑問なのだが、ここでいう半減期とは物質としての半減期か、体内での半減期か、あるいはその両方なのだろうか?」(p.56)これは当然両方で,ちょっと調べれば分かること。
 誤植訂正された「癌発症率」→「癌死亡率」にしても,疫学の章ではスクリーニングによるバイアスで癌による死亡でないと比較できないとちゃんと説明してるのに,どうして間違ったんだろ?

津波と原発

津波と原発

 ううむ駄目だ…。なんか,成功した老作家の傲慢ぶりが鼻につく。大災害に乗じて国家の危機を煽る石原慎太郎や,放射能汚染で市民を怯えさせる高村薫などの空虚な言葉に我慢ならずに執筆したらしいが…。
 津波が最初の1/4で,残りが原発と言う感じの配分。津波は被災地を見て,何人かにインタビュー。原発については歴史やなんやかやの背景も語られる。著者は『巨怪伝』とかいう正力松太郎の評伝をものしているらしく,そのバックグラウンドが活かされているのだろう。
 著者は『東電OL殺人事件』も代表作で,読んだが,あのときもかなり違和感があった。
 本書でも,この事件が引き合いに出されているがかなりこじつけ。「彼女が売春に走ったのは、東電のこうした陰湿な体質や、…男たちへの彼女なりの復讐だったのではないか」(p.77)
本書を通じて何だか大袈裟な描写が目立ったが,被災地を訪れて筆者が感じた取るに足らない偶然を,極端に過大評価しているのが気になった。インタビューした旧知のオカマの名前をめぐる偶然に接して「この天変地異が宇宙の運行の磁場まで狂わせたのではないか。」(p.42)とかちゃんちゃらおかしい
同じくインタビューした共産党元幹部。彼は昭和大津波にも遭遇していてそのときは小便をしていた。今回の震災では入院中,ずぶぬれになった衣服を脱がされフルチンで救助を待った。この偶然の一致に,筆者は何か「不思議な暗号を感じ」たそうだ(p.60)。やれやれ。
 原発労働の悲惨さを強調するくだり,炭鉱労働も過酷だったに違いないとしつつ,そこから「炭坑節」が生まれた明るさがあったとか,国民の共感を得たとか言ってる。「原発労働者はシーベルトという単位でのみ語られ、その背後の奥行きのある物語は語られてこなかった」そうだ(p.107)。「炭鉱労働には、オレはツルハシ一丁で女房子どもを食わしているという『物語』が生まれやすい」のに対して「オレが何シーベルト浴びているから、女房子どもが食っていけるなんて、聞いたことがない」(p.222)とか一体何を比較してるんだろ?それで原発労働は売春に似てるとかのたまう。
 キワメツケはp.174。「正力は『ポダム』というコードネームでCIAに操縦されていた。最近そんな言説を鬼の首をとったように言ってはしゃぎまくっている輩もいるようだが、私に言わせれば『So What?(それがどうした)』である。」
なんて下品なんだろう。おそらくその「輩」は『原発・正力・CIA』の著者,有馬哲夫先生だろうが,自分のナワバリでなされた他人の仕事を正当に評価しようという姿勢がまったく感じられない。もうこの人の本を読むのはやめよう。ちょっとひどかった。

大災害の経済学 (PHP新書)

大災害の経済学 (PHP新書)

 稲葉先生のブログで知って読んだのだが,ちょっと期待外れ。阪神大震災の後,兵庫県復興計画策定調査委員会のメンバーとして震災復興に関わった経済学者による,今次震災後の復興へ向けての提言。
 災害対策基本法の原則は,「補完性」と「現物支給」。被災自治体が第一義的に災害対応に責任をもち,支援は金銭でなく現物で行なわれる。ただ,今回の震災の被害の規模に鑑みて,この原則は見直しが必要と主張。国が自ら事業計画を立て,財産を失った人々に経済支援を行なうべし,とする。
 自然災害でも人為災害でも,他国による武力侵攻でも,それへの対応は,突如発生する資源の不足をどう解決するか,というのが基本。しかも切実な時間の制約がある。このような場合,市場原理にゆだねるだけでは解決できず,命令統制による配給制度が必要になってくる。