8月の読書メモ(科学)

 丸ごとブラックホールの本。理論の黎明期から最新事情まで,重要な物理を省かずに分かりやすく解説。厳密さは犠牲にしてるそうだけど,まったく問題ないっす。最適の入門本だと思う。
 ブラックホールといえば一般相対論と思うけど,実はニュートン力学からブラックホールみたいなものを考えてた人たちもいたらしい。天体の重力圏から抜けるための脱出速度というのがあって,地球の場合は約11km/s。重力が強いほど脱出速度も速い。だから重力を強くすると光でも脱出できない事態が想定できる。例えば,地球の質量を変えずに,直径9mmまで縮めると,地表における脱出速度は光速を超えて,地球がブラックホールになる。太陽なら直径3キロメートル。この値は偶然にも相対論から予測されるシュバルツシルト半径に一致
 ブラックホールの中と外を分ける境界(事象の地平面)は球になっていて(回転してないとき),その半径がシュバルツシルト半径。巨大な重力のため,それより内側から発した光は決して外へ進めない。シュバルツシルトとは,難解な一般相対論の厳密解を初めて導いた物理学者。彼は一次大戦で戦病死する。
 シュバルツシルト解ブラックホールを予言していた。星の重力が強くなると,際限なく収縮して光さえ出られないブラックホールができる。ただ,これはアインシュタインも単なる数学的帰結と考えたぐらいで,ブラックホールが実際に可能であるのか,懐疑的な声が多かった。
 恒星が安定していられるのは,ガスの重力が,核融合によって生じる圧力とつりあっているから。核融合が進んで,燃料が足りなくなると,圧力が不足して恒星は収縮を始める。収縮によって半径が1万kmくらいになると,電子の縮退圧という新たな力が働いて,重力収縮が止まる。これが白色矮星
 白色矮星には上限質量がある,と論じたのがチャンドラセカール。恒星の質量が大きいと,重力を電子の縮退圧が支えきれずに崩壊してしまうというのだ。しかしこれは当時の大学者エディントンに,ブラックホールみたいな奇妙な天体ができるはずがないと反論されてしまう。大した根拠もなしに。
 そのうち中性子が発見され,新たな天体中性子星が提案される。中性子星とはほとんど中性子でできた巨大な原子核みたいな星で,ものすごい高密度。この星を支えているのは中性子の縮退圧。重い星の最後はブラックホールでなく中性子星かもしれない。
 しかし,中性子星にも質量の上限があることがわかってくる。太陽質量の3倍程度。それより重い恒星は,核融合の燃料が尽きた後に,重力を支える力が足りなくなって,無限に潰れてしまう。これはブラックホールになるしかない。そしてX線天文学の進展により,その実在が示唆される。
 はくちょう座X-1というX線源は,ブラックホール連星と考えられている。ブラックホール自体は見えないが,周囲のガスが吸い込まれる時にX線を出し,宇宙で最も明るい天体の一つとなっている。
 この発見より前から,クエーサーという天体が観測されていた。そのスペクトルを調べると,かなり大きな赤方偏移を示している。これはクエーサーが地球から超高速で遠ざかっていることを意味していて,ハッブルの法則を考えると,なんと何十億光年も遠くにあることになる。
 そんなに遠くにあるのに,明るく見えるということは,ものすごく厖大なエネルギーを出しているということ。これが可能なのは,巨大なブラックホールとその周囲のガス円盤,という組合せ以外には考えられない。
 現在は,すべての銀河の中心には超巨大ブラックホールがあることが分かってきた。ブラックホールへ落ちるガスの解放するエネルギーが核エネルギーよりでかいとは恐れ入った。重力,あなどれないな。
 超巨大ブラックホールは,太陽質量の数百万倍以上の質量をもつ。我々銀河系の中心にも,太陽の400万倍の質量のブラックホールがあるとされている(いて座A*)。太陽の何十億倍の質量のものもあって,それが百億光年も遠くのクエーサーとして観測されている。
 クエーサーには130億光年遠くにあるものもあって,それは宇宙誕生から7億年でできたものということになる。この短期間に,超巨大ブラックホールができる仕組みについては,いまだ良く分かっていない。ブラックホールは巨大な重力でガスなどを吸い込むが,その速さには制約があるから。
 ブラックホールにガスが吸い込まれる時,重力エネルギーが光エネルギーに変換されて,ブラックホールは明るく輝き,その光の圧力が吸い込みを抑制してしまう。その結果,単位時間あたりに吸い込まれるガスの量には上限ができる。これをエディントン限界という。
 ただ,エディントン限界を超えるようなガスの吸い込みも,場合によっては可能。ブラックホールの周りにガスの円盤ができ,その上下方向へ光が放出される,円盤吸い込みなら光の圧力に吸い込みが邪魔されないから,可能かもしれない。これはブラックホール急速成長の有力なメカニズムらしい。
 ブラックホールのガス円盤には,3つのタイプがある。ガス密度が中くらいで,質量降着率が中程度の場合は,薄い標準円盤が形成される。質量降着率が小さいと,ライアフと呼ばれる変換効率の悪い円盤。質量降着率がエディントン限界を超えると,スリム円盤(超臨界円盤)ができる。スリム円盤は,最も明るく輝く円盤で,これが超巨大ブラックホールの形成に重要な役割を果たすと考えられている。
 ちなみに,ブラックホールというと何でも簡単に吸い込んでしまうイメージがあるが,意外と吸い込みは難しい。重力だけでは,遠心力の作用で吸い込みができず,磁場の助けを借りて吸い込んでる。例えば太陽が同じ質量のブラックホールだったとしても,地球の軌道はいささかもかわらず,そのブラックホールの周りをずっと回り続ける。落ちて行ってしまうことはない。ブラックホールがガスを吸い込むのには,ガス円盤の中を通る磁力線が,不安定に引き延ばされたりすることが関与している。
 ブラックホールのガス円盤は,極の方向に光だけでなく細く絞られたガスのジェットも噴射している。ジェットの生成メカニズムは充分解明されていないが,磁場の効果で加速し絞る磁気圧駆動ジェットと,光の力で加速し磁場の効果で絞るというハイブリッドジェットが提案されている。
 ブラックホールを蒸発させるホーキング放射についても一章が割かれている。ブラックホールの質量に対して,蒸発するまでの時間も見積もられていて,恒星質量より重いブラックホールは現実的な時間で消えて無くならないが,ミニブラックホールの蒸発は実際に起きている可能性もあるそう。
 ブラックホールそのものは,まだ観測されていないが,その試みも詳しく紹介。ブラックホールは周囲のガス円盤に黒い影を落として見えるはず。ただ,その影の視直径が最大となるはずの銀河系中心ブラックホールでも,45μ秒角しかない。対してハッブル宇宙望遠鏡の空間分解能は0.05秒。なんと3桁も違う。空間分解能をもっと高めるには,望遠鏡を大きくしないといけない。実際には,広い範囲に電波望遠鏡を分散配置して,それらを組み合わせて一つの巨大な望遠鏡と同じ分解能を達成する。地上だけでなく,宇宙空間に飛ばした電波望遠鏡も使う計画もある。
 重力波によるブラックホールの観測も模索されている。重力波を捉えるのは,ものすごい感度が必要で,とても難しいらしい。ただ重力波は電磁波のようにガス等に遮蔽されない利点もある。重力波にしろ電波望遠鏡にしろ,実際にブラックホールの観測に成功したら,大ニュースになるんだろうな。


ダーウィン『種の起源』を読む

ダーウィン『種の起源』を読む

 各章ごとに『種の起原』を読み解いていく。宗教の影響力が強大で,メンデル遺伝も細菌もDNAも知られていない150年前に,ここまで到達したダーウィンはやはりすごい。
種の起原』は最初の四章で基本原理が語られ,第五章でその帰結に言及。第六章以降は自分の理論の難点を挙げてそれに対して反論。第十四章では(特に創造論に対する)自説の優位性を主張して締めくくる。なかなかきれいな構成。しかも版を重ねるごとに,新証拠補充などして洗練されていく。
種の起原』はハトなどの人為的な品種改良から説き起こされる。変異が小さくてもそれを選択で積み重ねてかなり違った品種を得る。人間が注目した部分に変異が集積させられて,単一期限でも一部が極端に違う品種がいろいろ作れる。人為選択だ。
 第二章では,種という概念が絶対でないことを説く。同一種の中での品種の違いも,種の違いも程度の差であって,個体差の延長でしかない。品種が人為選択により進化したのであれば,種も進化によって生じたに違いない。
 人の介入なしに進化が起きるのか?起きるとしたらどうやって?それにこたえるのが第三章の「存続をめぐる争い」と第四章の「自然選択」だ。生物は資源や場所をめぐって互いに競合している。それに敗れた者は退場し,勝ったものが残る。より環境に適した者が自然によって選ばれる。
 存続をめぐる争い(生存競争)は,近しい者ほど激しくなる。必要とする資源が一致するので,その取り合いになるから。その結果,互いの違いが大きくなっていくように進化が進む。次第次第に品種は変種に,さらに別種へとなって,相互の違いが明確になっていく。
 150年前は,遺伝も変異のしくみもよく分かっていなかった。しかし観察によっていくつかのことがいわれていた。ラマルクは用不用説を唱え,よく使われる器官は発達し,使われないと退化するとした。ダーウィンはこれよりも自然選択の作用が大きいと考えたが,獲得形質の遺伝は肯定してた。
 この点は結果的に間違っていたのだが,メンデルの仕事も知られておらず,これは仕方がない。『種の起原』の見どころは,ダーウィンが自分の進化論で説明が難しいと思われる事例を多く挙げて,それに対して考察を加えていくところ。想定される批判への反論を用意して自説の正しさを訴える。
 第七章では,アリやハチに代表される社会性昆虫のような,複雑で他利的な行動(本能)を取り上げて,血縁淘汰に近い考え方で説明している。生存競争と自然淘汰では,一見説明が難しいと思われるが,血縁の深い兄弟姉妹の繁殖可能性を高める行動は,彼の進化論で理解できる。
 第八章では,繁殖できない雑種が存在することを,自然選択の直接の帰結ではなく,間接の結果として説明。自然選択によって生じた違いが雑種の繁殖を妨げ,さらには雑種ができることも妨げる。一方種内では近年の個体間より相違する個体間の方が良い子孫を残す(雑種強勢)。
 第九章で中間種の不在を説明。進化が徐々に進むなら,異なる種の中間の特徴をもつ種も存在するはずなのに,そういう化石はなかなか見つからない。ダーウィンは,この理由を化石記録の不完全性に求めた。地層が見つかるには海で堆積した後に隆起しないといけないが,それは同時に風化も促す。また,生物が徐々に進化していくとき,それにともなって生息地域もシフトすると思われる。そんなこんなで化石の記録は断続的になる。
 150年前は三葉虫が最も古い化石で,あたかも突然複雑な生物が出現したように見えたが,それは三葉虫以前の生物が堅い殻をもたなかったからだということが後に判明する。20世紀になってから,三葉虫以前の,柔らかい体をした動物の化石が発見されたのだ。1909年,バージェス頁岩から見つかった奇妙な節足動物たちがそれ。それが詳しく分析され,広く一般に知られたのは1989年。ダーウィンの正しさが百年も経ってから確かめられた恰好だ。
 化石記録からは,長い間変化がないように見える種や,恐竜など大きなグループの絶滅,地域の固有性なども見えてくる。一見困難ではあるが,これらも進化論によってうまく説明できることをダーウィンは縷々説明する。
 鳥や植物の場合同じ種が広い範囲に分布することもあるが,これは一箇所で生まれた種が移動で拡散した結果と見ることができる。反対に,海を越えられない哺乳類などは,絶海の孤島には存在せず,そこは爬虫類など他の動物の天下だったりする。
 ダーウィンと言えばガラパゴス諸島だが,そこがまさに哺乳類のいないとこ。孤島は種が少ないが,一旦辿りついた種が自然選択によって独自の進化を遂げる。オーストラリア大陸にたくさんいる有袋類が,他の大陸にいないのも,そういう話。
 ダーウィンの主張とその評価がかなりよくまとまっていて,良い本だった。ただ,中立進化説や分子生物学を踏まえた現状の説明はあまりなく,そこはもっと知りたい感じ。先月,大進化には別の説明が要るとしてネオダーウィニズムを批判する本を読んだが,その辺の話はどうなんだろう?
 著者の北村氏は,ネットでも進化論についていろいろ発信してるようだ。 bit.ly/pmTWG5
ざっと見た感じだけど,ネオダーウィニズム批判を苦々しく思ってるのかしらん。彼は生物学者ではなくてサイエンスライターらしいけど,すごく勉強しているみたい。尊敬する。