8月の読書メモ(震災)

検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)

検証 東日本大震災の流言・デマ (光文社新書)

 昔,吉村昭の『関東大震災』を読んだ。当時は,デマに惑わされる人々の過剰反応で,人命が失われる悲劇があちこちで現出。だいぶ様相は異なるものの,今回の震災でもやはり一時的にデマが広がり問題となった。
 著者はブログで震災デマの検証をやってたそうだ。流言やデマが広がる集団心理や情報環境に注目して,デマに強い社会を目指すにはどうすればよいか探る。デマには基本的パターンがあるので,そういうのに既視感を抱いて盲信してしまうことのないように耐性をつけるのが肝要。
 情報が人から人へ伝えられる連鎖的コミュニケーションでは,情報の一部だけが強調されたり,一部が削られたり,人々の思いに沿うよう変形されていく。コスモ石油流言も,後から時系列で並べたりして分析してみると,その傾向が濃厚。
 デマの多くは,ソースが挙げられていない。「友人の関係者の話では…」とかいう曖昧な権威付けがなされ,「メディアでは取り上げられないが…」として,情報の稀少性,伝え手の優位性を匂わせる。これだけでかなりデマの可能性が高いとみてよい。
 メディアで取り上げられないのは,裏が取れない,そもそも事実無根,という可能性があるのだが,それは無視して「メディアに都合が悪いから隠蔽してるんだ」,「メディアは知らないのだ」と解釈することを好む人が多い。政府やマスコミといった権威への不信感が,このバイアスを助長する。
 報道機関は,当事者の話を鵜呑みにせず,記憶違い・誇張を排除するため裏を取り,事実を伝えることが使命。現地入りしたボランティアなど,自分が渦中にいるという高揚感で,自分は重要な情報を持っている,それを伝えたいと思うあまり,デマの発信源になってしまうこともある。
 関東大震災では,朝鮮人が井戸に毒を入れた等のデマで,自警団により無実の人が殺されるというようなことが起こった。今回の震災ではそこまでの事例はないが,善意から始まった流言が,情報を錯綜させ,現地のリソースに負荷を与えることで,間接的には人命に関わることも。
放射性物質にヒマワリが効く」という流言があったが,これは16年前の研究報告を取り上げた,数年前のバラエティ番組(匿名リサーチ200X)の内容を,紹介したあるブログが発信源になっていた。内容を吟味せずに多くの人がこういうのに飛びつくと,有害なデマが拡散してしまう。
 また辻元議員に関するデマが種々拡散したが,こういう政治的なデマは,当事者が否定したとしても「隠してる」「ウソついてる」として,受け入れられない場合が多い。特定の人物を叩きたい人に対して,そのデマをいくら否定しても,たいてい聞く耳を持たない。
 受け取った情報を虚心坦懐に見つめないとデマかどうかの判断は難しい。内容的な矛盾はないか(内在性チェック),確かな証拠はあるか(外在性チェック)のダブルチェックを行なうことが重要。このことは,1938年の米ラジオドラマ『宇宙戦争』パニックに関してキャントリルが指摘。
 それでも自分が流言拡散をしてることを認めない人がいる。この現象を理解するには非行研究の概念「漂流理論」が参考になる。自己の責任・加害を否定し,被害者の責任を主張して,「皆信じてた」「緊急時には許される」「信頼されてない政府が悪い」などと言い訳をする。
 結局,全員のリテラシーを上げることは不可能。情報が不足し渇望される災害時に,デマが出現してしまうのもある程度は仕方ない。素早く広く拡散するデマは,インターネットを介して流布していくから,技術的にそれが広がりにくくする工夫も考えられる。

エネルギー論争の盲点 天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書)

エネルギー論争の盲点 天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書)

 これからのエネルギーを語るには文明史を踏まえた冷静な議論が必要原発再生可能エネルギーの二択では全然ない。安価・大量・安定したエネルギー源がなければ,現代文明は一日たりとも維持できない。
 世界史は,農業革命と産業革命の二度,急激な人口増を経験している。特に産業革命を経て,激増したのは,人間が死ににくくなったから。なぜ死ににくくなったかと言うと,エネルギーを沢山使えるようになって,「公衆衛生」と「暖衣飽食」が確保されてきたから。
 生物は「散逸構造」であり,食物等の形で低エントロピーのエネルギーを取込み,高エントロピーを廃棄することでしか維持できない。人間はエネルギー源を,薪炭から,石炭・石油という化石燃料にシフトしたことで,安価で大量なエネルギーを,安定的に効率よく利用できるようになった。
 薪炭を使い尽くしたために滅びた文明は,メソポタミア・インダスなど多くある。産業革命前のイギリスでも山は禿げ,価格高騰で木炭を使えなくなった製鉄業が存亡の危機に瀕していた。そこで「汚い」ために打ち捨てられていた石炭が本格的に使用されるようになったという。薪炭は今の植物が太陽光エネルギーを変換したエネルギー源。それをつつましく使ってられなくなって昔の貯金に手をつけたのが産業革命だった。
 石油は,中東で油田が開発されてから二次大戦後に広まった。価格が低位安定して,軍需用から民生用に大量に使われるようになる。工場の熱源・動力源・輸送用機械の燃料・暖房・そして発電にも。70年代までに世界の一次エネルギー源の六割は石油になった。
 エネルギー革命で世界経済は急成長するが,石油危機で一転。中東大産油国が石油価格を吊り上げたため,エネルギーを石油に頼ることは安全保障上好ましくないことがはっきりした。そこで,天然ガスや,原子力への切り替えが進んでゆく。
 石油のシェアは四割まで落ちたが,重量あたりのエネルギー密度が高いため,いまだに輸送機器(特に航空機)の燃料としては欠かせない。それに石油は「産出/投入比率」が高いために,依然として価値の高いエネルギー。1の石油を使って100の石油が掘れる。
「産出/投入比率」は,石油・天然ガスで100,石炭50,原子力20,風力10,太陽光5くらい。この比率が低いと,いくら大量に存在して環境負荷が少なくても,文明を支えるエネルギーになり得ない
 風力や太陽光は,欲しい出力が安定的に得られないというのも困る。これを蓄電池などで解消しようとすると,エネルギー産出/投入比率が悪化して意味がなくなる。ちなみに,電気は二次エネルギーで,一次と消費の間を繋ぐ形態にすぎない。動力でいえばそれを伝える歯車みたいなものだ。
 風力・太陽光はコストもかかる。消費者価格だけ見てもダメで,巨額の補助金等を除外して本来の供給コストを比較しないと意味がない。安易な技術楽観論は危険。ヒトラーが絶望的な対ソ戦に突入したのは,この種の楽観論に基づく政策ミス(合成石油の増産失敗)を挽回する為だった
 石油がCO2排出などで厳しいなら,天然ガスがもっと注目されていい。著者は天然ガスを活用したコジェネレーションと分散化を提唱。コジェネは,発電とともに熱も利用するのでエネルギー効率が高い。これをやるには少数のでかい発電所でなく,多数を地域に分散して設置する必要がある。
 また,エネルギーの安全保障も重要。エネルギー自給率の低い日本だが,あまり悲観的にならなくてよい。資源輸入元を多様化させることでリスクは減らせる。歴史的に見て都市が飢饉に強いのも,広域から食糧を調達するルートをもち,経済力に優れていたから。一地域の凶作リスクはヘッジされる。
 エネルギー安全保障の要諦は,国産化の無闇な追及でなく,地理的・方法的に調達を多様化することと,一定量の備蓄・予備能力の整備だと説く。確かにね。ただ,やはり長期的にみると今の文明って持続不可能だから,人口を徐々に減らす向きで考えなくちゃいけない。
 10^8年とかいうオーダーで多くの古生物たちがゆっくりゆっくりため込んでくれた太陽エネルギー(化石燃料)を,人類はいまものすごい勢いで消費している。これってやはり無理があると言わざるを得ないよなあ。10^2年くらいのスパンで,世界人口を穏やかに減らしていく方策を考えないと。まあ10^{10}年もすると,地球って太陽に飲み込まれちゃうらしいけどね…。すべては一炊の夢みたいなものかも知れない。
 エネルギーを,化石燃料にたよらず持続的に得るアイデアとして,エネルギー恒星をすっぽり覆う球殻発電所とか,ブラックホールから厖大なエネルギーを取り出すのとか,いろいろあるみたいだけど,仮にそれが現実にできたとしても,永遠に持続可能ではないわけで。

日本復興計画 Japan;The Road to Recovery

日本復興計画 Japan;The Road to Recovery

 4月に出版。ちょっと読むのが遅かったな…。電力不足だから夏の甲子園は中止すべしとか言ってる。あのころならしょうがないか。大前さんって初めて知ったが,原子炉工学が専門で日立で設計の経験もある評論家らしい。この人,都知事選出たこともあるのかぁ。
 あと,福島第一原発をでっかいテントで覆っちゃおうという提案もしている。報道もされた,と自慢しているが,立ち消えたなぁ。もうあんま出てないみたいだし。ベントと水素爆発のときに出たのがほとんどだったんだろうな。
 この本,後付けになるが云々と政府・東電の初動対応を批判しているけど,4カ月たって読んでみると,結局あまりやらなくてもよかったことをやるべしといろいろ主張している。後付けだけど。まあでもいろんな提案が出て,それを吟味して採用すべきは採用するってのは大事と思う。

 こういう本を何冊か読んだけど,中でもかなりよく網羅されていていい本だった。概ね復習と言う感じで読んだけど,いくつか新発見も。
 原子炉では,ウランの核分裂で出る高速中性子を減速材で減速しないと次のウランにうまく当たらない。これなんで?と思ってたけど,引力の問題らしい。中性子の速度が速いと飛んでってしまうけど,遅ければ原子核との間の引力にひかれて衝突しやすくなるってことか,なるほど。
 あと,格納容器の役割は,γ線中性子線を止めることのほかに,γ線中性子線が大気と反応して生じた放射性物質を閉じ込めておくこともあるみたい。あと,原子炉は発電するだけじゃなくて,Co60なんかの医療用放射線源を作る役目も担っている。
 過去の原子力事故も簡潔に紹介してる。初めて死者の出た1961年の臨界事故(アメリカ軍用試験炉SL-1)などなど知らなかった。1974年の原子力船「むつ」の中性子漏れ事故は,ホウ酸をかけたおむすびを投げつけて止めた。機転がきいててすごい。