7月の読書メモ(宇宙)

宇宙進化の謎―暗黒物質の正体に迫る (ブルーバックス)

宇宙進化の謎―暗黒物質の正体に迫る (ブルーバックス)

 銀河は蜂の巣のような構造の空間分布を作っている。この宇宙の大規模構造は,いかにして形成され,維持されているのか。現時点での知見をもとに宇宙の進化を論じる。
 銀河,銀河群,銀河団,超銀河団といった宇宙の構造が残っているのは,エントロピー増大の法則からすると一見不思議なことらしい。すべてが時間とともに無秩序な熱死に向かうなら,なぜ銀河は雲散霧消してしまわないのだろう?
 それは,宇宙の膨張と関係がある。宇宙の体積が増え続けているので,エントロピーの捨て場所がどんどんできる。そのため局所的にはエントロピーの低い場所として銀河のような構造を作り上げることが可能になるという。宇宙膨張がなければ,銀河はない。
 宇宙膨張を始めて発見したのはアメリカのハッブル。彼の業績はそれだけでなく,銀河系が独立した一つの星の大集団であることを明らかにしたし(これは大論争に幕を引いた),銀河の優れた分類体系を構築した。すごい学者なのだ。彼がノーベル賞をもらえなかったのは,当時天文学は授賞対象でなかったからという。
 その後,宇宙に銀河群や銀河団があり銀河の空間分布は一様でないことが分かってきたが,80年代,カーシュナーナーらがうしかい座に銀河のほとんど存在しないボイドを発見し,非一様性が深刻なものであることが明らかになった。ここから宇宙地図の作成が熱気を帯びる。
 カーシュナーの発見したボイドは,宇宙にとてもありふれていて,銀河はシャボンの泡の表面に分布するように存在していることが分かってきた。これらの発見は,個々の銀河のスペクトルをとって後退速度を求めることで距離を算出し(ハッブルの法則)それを三次元的にプロットした結果。ものすごい遠くの暗い銀河まで,それも非常にたくさんの銀河について距離を求める観測をしなくてはならず,かなり大規模なプロジェクトになる。これを可能にした技術として,大口径の望遠鏡ももちろんだが,撮像素子としてのCCDと,多天体分光器がある。
 CCD以前には写真乾板が使われていたが,感度が悪く,効率は2%程しかなかった。これがCCDでは90%と飛躍的に向上。これで4等級暗い銀河まで見える。多天体分光器は,光ファイバーを利用して,一挙に数十個,数百個の銀河のスペクトルを得る装置だ。
 このような技術革新の結果,90年代には宇宙地図フィーバーが始まった。SDSSなどのサーベイで,宇宙の大規模構造は定量的に解析可能なデータとして提供され,ようやく宇宙論のテストに耐えるような状況ができた。
 それでは観測された宇宙の大規模構造は,いかにしてできたのだろうか。81年には爆発モデルが提唱される。日本の池内了も提唱者の一人のOCI理論であり,一時期はかなりの注目もあつめるが,結局は観測される3Kの背景放射との整合性がつかずに放棄される。
 どうやら銀河の形成には,暗黒物質が大きな役割を果たしているらしい。暗黒物質は,銀河の回転運動の観測により,その存在が発見された。銀河の質量が,もし太陽系のように中心に多く分布していたら,銀河の周縁では回転速度が小さいはずである。ところが,観測結果によると,銀河の回転はほぼ剛体回転で,これは銀河の質量が中心に集中しておらず全体にまんべんなく分布していると考えなくてはならない。しかし見える星の量は銀河の中心に集中している。見えない質量が銀河を覆っていなくてはならない。
 その見えない質量が暗黒物質ダークマター)。可視光のみならず,どんな波長帯で見ても見えない,つまり一切の電磁波を出していない。その正体にいくつか候補はあるが,今のところ不明。しかし,暗黒物質が,銀河の質量の大半を占め,重力レンズ現象に影響を及ぼしていることは疑いがない。
 ビッグバンから38万年後,宇宙が晴れ上がったときの輻射の名残がマイクロ波背景放射だが,これは量子揺らぎがインフレーション期に引き延ばされてできた10万分の1の揺らぎをもっており,わずかに一様ではない。暗黒物質は,これより大きな密度揺らぎをもっていたと考えられている。
 晴れ上がりの後,バリオンの密度揺らぎは暗黒物質の密度揺らぎに助けられるように急激に成長して,宇宙が2億歳になるころまでには銀河の種ができたという。最初の星ができるまでの間,宇宙は真っ暗だった。まだまだ分からないことも多いが,宇宙の進化,大変興味深い。
 暗黒物質がないと,137億年の間に銀河ができるには重力が全然足らないらしい。あと宇宙膨張の鍵を握るという暗黒エネルギーなんかもあって,いろいろ不思議が沢山。


宇宙137億年のなかの地球史 (PHPサイエンス・ワールド新書)

宇宙137億年のなかの地球史 (PHPサイエンス・ワールド新書)

 宇宙の歴史と地球・生命の歴史。それを人間がどうやって解き明かしてきたかを概説。ところどころにきれいなカラー写真。
 著者の川上紳一は,以前スノーボールアースについての本を読んで知っていた。6億5千万年前ごろ,赤道も含めて地球の全表面が氷河に覆われ凍結したというやつ。一度そうなると高い反射率のため二度と温暖な気候に戻ることはないと考えられていたが,火山活動による大気の組成変化で,強烈な温室効果がもたらされ,再び温暖な地球になったのだという。壮大な話。そのあと,生物の爆発的な進化が始まった。
 この本は,そんな地球・生物史を含み,今まで分かっている宇宙の歴史を網羅的に振り返ろうという意欲作。人間が宇宙をどのようにして把握してきたかという文化史的側面にも触れる。
 ただ,やはりものすごい大風呂敷なので,細かいところにやや難もあるかも。例えばアインシュタインの業績に触れて「一九一五年にはさらにこの理論を発展させて、重力と電磁力を統一する一般相対性理論を打ち立てています。」(p.105)って,いや重力はまだ統一されていないですよ…。
 いやー,でも生物を語るには,地球の歴史,地球と生物の共進化を語らなくてはならず,さらに地球も生物もその材料は超新星爆発の残骸なのであって,とさかのぼっていくと,結局ビッグバンに行きつくという話は本当に壮大。一冊でそれが読めるのだ,とてもおすすめ。