2月の読書メモ(その他)

・人物

江の生涯―徳川将軍家御台所の役割 (中公新書)

江の生涯―徳川将軍家御台所の役割 (中公新書)

 女性ということもあって,江に関する史料は少ないらしい。将軍の正室なのに…。その中で確かな史料から事実を丹念に拾って,江の人生を一通り描いている。俗に江は,嫉妬深いあねさん女房で,家光をはじめ多くの子を産んだとされているが,違うらしい。筆者の考察によると,江が産んだのは,3人。秀頼に嫁いだ千姫と,家光の弟の忠長,あと初という娘だという。家光も,皇室に嫁いだ和も,江の実子ではない!
 家光の誕生日は,江の存命中極秘事項とされていて,前の出産から数えて産み月が足りなかった疑いが濃厚なんだって。実娘の初は,姉と同じ名前だが,これは出生直後に子のない姉夫婦に養子に出したそう。母娘で同じ名前とは何とも紛らわしい…。
 江の3回の結婚のうち,最初の佐治一成との結婚は,婚約のみで後に破棄され,実際に輿入れはしていない佐治一成の母は信長の妹の犬だが,犬が夫の死により佐治家を離れ,乳飲み子だった江がその後釜にされたらしい。あと面白かったのが江の名前の由来。昔の人の名前はいろいろ変わって一定しないが,はじめ「督(ごう)」とされていて,のち同じ読みで「江」とされる。「お江与の方」とすることもあるが,これは「おえよのかた」でなく「おえどのかた」で,住まいの江戸で呼んだのだという。それで江という漢字が使われるらしい。

ガロア―天才数学者の生涯 (中公新書)

ガロア―天才数学者の生涯 (中公新書)

 15歳で数学にハマり,20歳で死ぬまでに,数学を根本から変える発想を生み出した天才ガロア。理解者に恵まれず,過激な共和主義に走り,投獄も経験し,最後には決闘で致命傷を負う。正に波瀾の人生。
 広く流布した説とは異なり,コーシーだけはガロアの理論を理解してくれていたという話には救われる。ただ,彼は七月革命を前に亡命し,次に論文を受け取ったフーリエは急死して論文は散逸。エコール・ポリテクニークにも落ちる。父親が陰湿な中傷で鬱になって自殺。時はナポレオン失脚後の復古王政期。ガロアは共和主義に期待を寄せていた。1830年のパリ七月革命では,在学中のエコール・ノルマル校長の日和見主義で,学生は外出禁止。革命に参加できなかったガロアは憤慨し,校長を批判して退学処分に。その後は運動にのめりこみ,王の暗殺まで仄めかし逮捕。そんな運動のさなかもガロアは自分の数学をあたため,幻の著作の構想もまとめていた。
 決闘の前の晩に友人シュバリエに宛てた手紙は有名で,彼の理論の骨子とともに「僕には時間がない」との走り書き。脚色してるみたいにドラマチックだが,これが事実なんだよなあ。手紙も残ってる。いやはやすごい人物だ。しかも,ガロアは五次方程式の解の理論のアイデアを,方程式だけでなくさらなる数学的構造に適用することまで示唆しており,群や体の理論の先駆けとなった。集合論の道具立てもない時代に,これだけのことをしたのはすごいし,同時代に理解されなかったのも仕方ないのかもしれない。ガロアの仕事が発掘され注目されたのは,1846年というから,死後14年が経っている。これだけの時間が経って,ようやくガロアの理論が理解されるようになった。天才はほんとにつらい。
天才ガロアの発想力 ?対称性と群が明かす方程式の秘密? (tanQブックス)物理学はいかに創られたか(下) (岩波新書)物理学はいかに創られたか(上) (岩波新書)ガロアの生涯―神々の愛でし人 ガロアについては,物理学者のインフェルトによる『神々の愛でし人』という有名な伝記がある(もはや古典!)。機会があったら読みたい。インフェルトには,アインシュタインとの共著『物理学はいかに創られたか』があって,岩波新書で昔読んだなあ。これも良い本。あと,小島寛之さんの『天才ガロアの発想力』は,ガロア理論が分かりやすく書かれていてとても勉強になりました。

北の後継者キムジョンウン (中公新書ラクレ)

北の後継者キムジョンウン (中公新書ラクレ)

 著者は金正日の料理人だった日本人らしい(ほんとか?)。気に入られて子供の相手もしてた。ジョンウンとのエピソードもいろいろあり,後継者になることを早いうちから予測していたという。ジョンウン世襲後に北が良くなるという希望的観測も開陳。個人的交流があったならそう思うのかも。ストックホルム症候群


・教育/学問

「英語公用語」は何が問題か (角川oneテーマ21)

「英語公用語」は何が問題か (角川oneテーマ21)

著者は同時通訳の達人で英語教育の権威。国民の母語でない英語を公用語にすれば,英語圏の人たちとの議論で不利になると警鐘鳴らす。言語の多様性を重視。EUでは常識だけど。
 別に通訳者としてのポジショントークというわけでもないだろう。日本人は日本語で考えて,英語は外国語として使えれば十分と思う。(将来的に)皆が同時通訳者レベルになったり,(遠い将来的に)日本語を捨てて英語を母語としたりする必要はないんじゃなかろうか。著者の鳥飼玖美子氏は,ETVの『知るを楽しむ 歴史は眠らない』に出演。http://www.nhk.or.jp/etv22/tue/
 英語公用語論批判に関しては,以前,薬師院仁志の『英語を学べばバカになる』を読んで感想を書いたけど→ http://bit.ly/hDzUWa 英語を社内公用語にする日本企業ってほんとにどんどん増えるんだろうか?

日教組 (新潮新書)

日教組 (新潮新書)

 日教組の歴史が要領よくまとめてある。社会党共産党との関係や,新左翼による加入戦術なども。
 昔通っていた小学校に,ギターで「戦争を知らない子供たち」を弾き語る先生がいた。他にも学校って色々と不思議な違和感あったけど,戦後教育とはこんなものだったのかーというのは大人になってから本を読んで知った。成人してから膝ポンすることって他にもいろいろある。成長するって過去を体系づけていくこと。脳の記憶容量は人生でそんな変わんない。情報は,大人になるほど効率よく圧縮されてしまってある。

でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相

でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相

 平成15年に実際に起きた事件のルポ。小学校の先生が,モンスターペアレンツ事実無根の体罰や差別発言を糾弾され,それを週刊文春実名報道。こんな親いるのか…恐ろしい。親も親だが,校長が保護者に極端に迎合するタイプだったのが不幸の始まり。校長に「体罰は1回も50回も同じ」とか言われてありもしない事実まで認めされられてしまう。そのあとはほんとにあれよあれよという間に事が大きくなっていってしまう。学校,行政,「人権派」弁護士,マスコミ,視聴者,みんなの相互作用によってとんでもない方向へ…。
 この本『でっちあげ』こそでっちあげだ,と主張するサイトもある。似たようなのがいくつもあるようだが,どれもあまり説得力がないと感じた。この事件については,この記事が要領よくまとまってると思う→ http://bit.ly/hhQc4t

理科系冷遇社会―沈没する日本の科学技術 (中公新書ラクレ)

理科系冷遇社会―沈没する日本の科学技術 (中公新書ラクレ)

 ポスト・待遇の面で研究者は恵まれない。日本では競争的資金も少なく,透明性の担保されたテニュア・トラックもない。日本の科学技術を活性化するため,いろいろと改善の余地あり,という話。文科系にひきかえ理科系は…という,文系との比較論ではなかった。確かに,文系も別に厚遇されてるわけではないな。

ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書)

ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書)

 少子化なのに大学院が増えて,博士号とっても正規雇用がない人がもうずっと増えている。著者もその一人で,三年前にも『高学歴ワーキングプア』を書いて,かなり売れたらしい。著者は仏教家,名前は法名


・その他

戦争請負会社

戦争請負会社

子ども兵の戦争ロボット兵士の戦争 現代の傭兵は多国籍企業冷戦終了・ソ連崩壊によって途上国への関心が低下。加えて武器の流出で,低強度紛争は激化した。訓練されてない集団同士の争いに目を付けたのが民間軍事会社。その実態に迫る。
 シンガーは『ロボット兵の戦争』,『子ども兵の戦争』に続いて三冊目。民間軍事会社には,戦闘もする軍事役務提供会社,戦略練ったり訓練したりの軍事コンサル会社,後方支援・兵站軍事支援会社があって,それぞれの業界でしのぎを削ってる。これらの会社に依存してる国もある。民間軍事会社にはまだまだ不透明なことが多くて問題らしい。契約金額をふっかけるとか,手を抜いて紛争を引き延ばす,とか。紛争で食ってるのだからしょうがない?あと,戦闘員の脱走が戦略的に大損失でも,敵前逃亡は重罰とかいった軍法の適用はない。このへん中世の傭兵に似てるなあ。

コンピュータが仕事を奪う

コンピュータが仕事を奪う

 数学の視点から,コンピュータと人間の競合を分析。歴史的に肉体労働が機械に取って代わられたのと同様に,将来的には知的労働もコンピュータに取って代わられる。だから,コンピュータに何ができ,何ができないか知っておくことは,これからの時代必須のスキルだ。
 コンピュータの得意分野は記憶,計算,パターン認識。でも論理の世界と意味の世界を繋ぐのは人間の仕事。写真に何が写ってる?などは二次元データを領域に分けてそれぞれ意味を付与する必要があり,コンピュータには難しい。しかしこのような知的単純作業だけが人間に残るとしたら,人はコンピュータの下働きになり下がってしまう。学生時代におはぎをパック詰めする深夜バイトをしたことがある。おはぎを作るのは機械で,詰めるのは人間。機械より単純作業をしている自分って…と思ったが,知的労働でもそんな事態が起きるかもしれない。未来はなかなか予測しがたい。

マグネシウム文明論 (PHP新書)

マグネシウム文明論 (PHP新書)

 太陽光励起レーザーでマグネシウムを還元することで精錬。それを燃やしてエネルギーを取り出し,それをまた精錬。これが太陽光発電より高効率らしい。核融合なんかより実現性が高く,化石燃料から脱却できる夢のエネルギー技術だというが,実用化の見通しはどうなんだろうか。まだまだ化石燃料は安いから。著者の先生たちは会社を立ち上げて頑張っているらしい。