サンデル
残念ながら見過ごしたが,ETVの白熱教室で今年はマイケル・サンデルがブレイクしたそうな。東大にも講義に来て話題になっていたらしい(これは再放送で見た)。そこで読んでみた。
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
- 作者: マイケル・サンデル,Michael J. Sandel,鬼澤忍
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/05/22
- メディア: 単行本
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非常に売れた本で,確かにおもしろくてためになる。思想の本としては,80年代に「構造と力」という難解な本がバカ売れしたことがあるらしいが,なんだかそれを思い出した。当時は軽佻浮薄な時代だったのだろう。
完全な人間を目指さなくてもよい理由?遺伝子操作とエンハンスメントの倫理?
- 作者: マイケル・J・サンデル,林 芳紀,伊吹友秀
- 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
- 発売日: 2010/10/12
- メディア: 単行本
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能力を向上するための教育や訓練は推奨されるのに,なぜ人は遺伝子操作やサイボーグ技術によるエンハンスメントには抵抗を感じるのだろうか?使われる技術が新しいからだろうか?人は新しいものにおびえ,反発する。歴史的に,何か新しいものが急速に普及してくると,それは必ずバッシングを受けてきた。メディアでいえば,小説,ラジオ,テレビ,インターネットはどれもこのような抵抗をくぐりぬけている。しかし新しいものも次第に受け入れられる。時間が解決してくれる。そうすると遺伝子増強やサイボーグも,将来的には当然とされる世の中が来るのだろうか?そういう問題を考えていく。
遺伝子操作によるエンハンスメントは,悪名高い優生思想にもつながる。これにも一章が割かれている。優生思想は能力の高い人間は子孫を残すべきで,低い人間は残すべきでないとし,その積み重ねによって人類の能力を高めていこうという考え方だ。ダーウィンのいとこゴードンが創始した。ナチスによるホロコーストをもたらしたため,悪いイメージがつきまとうが,優生思想は20世紀初頭の欧米エリートの間では支配的な考え方だった。アメリカでも実際に強制断種などが行なわれたという。
素朴な感覚からは,遺伝子操作やサイボーグ技術によるエンハンスメントにはかなり抵抗がある。本のタイトルから推測できるように,サンデル自身もエンハンスメントに否定的だ。彼は「贈られものとしての生」を尊重すべし,という指針を提供している。多少宗教臭いが,予想される批判にもきちんと回答している。エンハンスメントは,確かに能力向上のための選択肢を増やす。しかしそれはいいことばかりでもない。選択には責任が伴い,選択しなかったことにも責任が伴う。エンハンスメントが可能だったのにしなかった,そのために凡庸な能力にとどまった。それは自己責任だということになると,社会を支える連帯が失われていく。連帯は人間という存在の本来的な脆弱性,予測不可能性に由来しているからだ。
とはいえエンハンスメントもデザイナーチャイルドも,倫理的に問題のない行為との間に明確な線を引きにくいのは事実だ。ミュージカル歌手はマイクを使うのにオペラでは御法度とされるのはなぜだろう。ランナーの靴やスイマーの水着はどこまで手を加えると不当なエンハンスメントになるのか。好ましい相手を見つけて結婚し,子供をつくるという通常の行為も,ある程度子供を設計していることにならないか。などなど。