5月の読書メモ(科学・技術)

世界を変えた発明と特許 (ちくま新書)

世界を変えた発明と特許 (ちくま新書)

 元特許技監(特許庁の技術系トップ)の著者が産業革命以降の大発明を紹介蒸気機関,白熱電灯,飛行機,無線,トランジスタ集積回路,自動織機,X線など。結構発明の羅列になってる感じで,それらをまとめる総括みたいのがあんまり感じられなかった。あるとするなら,昔の特許制度は未熟で,不当に広い権利が成立して訴訟合戦で消耗することも多かったが,今は制度も洗練されててそういうことは起きにくい,知財活用しましょう!といったところ。
 確かにワットの特許は曖昧だったうえに権利期間が長く,その後の改良を阻害したとされているし,ライト兄弟もひねり主翼特許でカーティスのエルロンを侵害と主張したりして,随分もめて,アメリカの飛行機技術はヨーロッパに後れを取ったりした。
 最近でもキルビー特許が話題になった。あれはサブマリン特許みたいなもので,日本の現行特許法(昭和34年法)では起こり得ないのだが,親出願の出願日が昭和35年2月だったとかで,旧法(大正10年特許法)の適用だったために問題となった。
 旧法では,特許権の存続期間が出願公告から15年だったので,出願した後に出願人が引き延ばし戦術をつかって公告を遅らせて,権利期間を先送りするテクニックが使えたのだ。現行法では,権利期間は出願から20年なので,もうおこらない。引き延ばしの何がメリットかと言うと,基本的な発明を,それが広く用いられてもはやデファクトスタンダードみたいになってから,それ俺の権利でしたー!お金払ってね,と主張できるということ。これをサブマリン特許と言う。うまいネーミング。
 キルビー特許には,みんなしぶしぶライセンス料を払っていたのだが,富士通がこんな特許無効だ!といって権利者を訴えて,みごとに勝訴した。その最高裁判決は,裁判所が侵害訴訟において特許の無効を判断できるという画期的な判決となってよく知られている。
 あと,この本は4月の発行だが,今となっては多くの人が気付く誤植が…。原子炉の発明んとこで,「天然ウラニウムには、核分裂性のウラニウム二三九はわずかに〇.七%」「濃縮して、ウラニウム二三九の比率を高める」とある。212ページ。
 当然「ウラニウム二三」じゃなくて「ウラニウム二三」でなくてはならない。核分裂性のウランはウラン235。ウラン239は原子炉内でウラン238中性子捕獲でできる核種だが,自然界には存在しない。
 ウランを「ウラニウム」と言ったり「ウラン」と言ったり一定していないのもいまいち。「減速物質」を「減速物資」と誤植してたり,「時遅れの中性子」とか妙な語がでてきたり,なんか原子炉のとこはぼろが目立った。

科学と神秘のあいだ(双書Zero)

科学と神秘のあいだ(双書Zero)

 筆者は,長らくニセ科学の問題に取り組んでる阪大の先生(物理)。科学と神秘は相反するようで実は両立するよね,でも神秘に傾きすぎると危険だから,科学の考え方も知っておこう,という本。
 中高生向けくらいの内容だけど,大変ためになる。科学的に否定されている危険な議論として,アポロや911に関する陰謀論水からの伝言永久機関常温核融合,超能力,創造論やID理論なんかを取り上げている。数式なんかは一切出てこない。
 アポロが月に行ってなかった,あれは地上のスタジオで撮った映像だ!とか,911アメリカ政府の自作自演で,アフガンとかイラクに侵攻するための口実だったんだ!とか言う陰謀論者は絶えないが,どの論点ももう完全に否定されてる。
 最近では,311の震災が,「純粋水爆」とかいうアメリカの兵器による攻撃だったと主張している人たちまでいる。世の中にはホントにいろいろな人がいる。そういうのに引っかかると人生で多くの時間を無駄にしてしまうから,とっても危険。
 永久機関は物理法則に反するのでできないけど,多くの人が開発に取り組んで時間を無駄にしている。常温核融合は,何億度という高温でしか進まない核融合を,低い温度で実現するというもので,法則に反するというわけではないけれど,いろいろな理由からほぼ可能性はないとされている。核融合は,太陽の中心で水素がヘリウムになるような核反応。超高温超高圧では,正の電荷で反発する水素原子核同士が核反応可能なまでに接近できるのだが,地上でそのような温度を閉じ込めておくのはとても難しい。常温核融合が可能なら,まさに夢のエネルギーだ。常温核融合永久機関なんかに比べるとまだまともなのだけど,できたという実験を追試しても再現性がなく,その研究に取り組む一部の科学者が見たいものを見ているだけかも。それでこの分野は他の科学者たちに,ニセ科学とか,それほどでなくても病的科学とか言われてしまっている。
 創造論というのは,主にアメリカで広く信じられている世界の始まりの話で,聖書に書いてある通りか,それに近い形で世界は創造されたというもの。ID理論はそれに科学の衣をつけた理論で,何か知的な存在が,この世を設計して作りだしたというニセ科学ID理論は何らかの知的存在を「神」と言わないだけで,宗教と変わりない。でも信奉者たちはID理論も科学だと主張して,学校で進化論を教えるならID理論も教えろ!と裁判まで起こす。一部の州では一時期公教育で教えられたりしたらしい。もちろん反証不可能なので科学とはいえない。
 水からの伝言は日本で流行った。水にきれいな言葉をかけたり見せたりして冷やすときれいな結晶ができ,悪い言葉をかけたりするとできないとかいう途方もない話。こういうのをコンセプトがいいからいいよね,と安易に認めてしまうのはとても危険。やはり科学とそうでないものを区別して,異なる姿勢で対応する必要がある。境界ははっきりとはしていないけど,明らかに科学というもの,反対に明らかに非科学というものはある。明らかに非科学なものを科学と誤信してそれに基づいて行動することのないように子供たちにも教えたい。
 科学でないものは全部どうでもいいというわけではもちろんなくて,それは科学者だってちゃんと分かってる。神秘的な体験をして,頭では偶然と思っていても感動したり,というようなのは人生で大事なこと。科学がすべてを解明できるわけでもないし。
 著者はロック好きで,テルミンという楽器も演奏するみたい。その話が中間部分に書かれてて,テルミン面白そうと思った。今度子供たちとユーチューブで見てみよう。

火災の科学―火事のしくみと防ぎ方 (中公新書ラクレ)

火災の科学―火事のしくみと防ぎ方 (中公新書ラクレ)

 長年火災安全を研究してきた著者による火事についての啓蒙書。大変ためになった。
 火事で亡くなるのは圧倒的に高齢者,それも男性が多い。日本の火災による死者は,年1400人ほどで安定。ただ,近年の住宅の難燃化,暖房器の安全化もあって,どの年齢層を見ても,火災による死亡率は年々減っている。それにもかかわらず死者数が減らないのは,高齢化しているせい。85歳以上だと50歳以下に比べて10倍以上も火災死亡率が高い。
 高齢者と火災というと,よく報道されるグループホームなんかの火災で死者がでるが,実は死亡率としては,自宅の方がずっと高いそうだ。高齢になるほど,木造住宅で古い暖房器具を使い続けたりする場合が多いので,そうなるのだろうか。
 あと男性で死者が多く出るのは,これは断然,消そうとするからだそうだ。特に高齢の男性は責任感が強く,体力の衰えを忘れて行動してしまうことが多い。炎が天井まで上がったらもう消火器で消すことは不可能なので,何としても逃げなくてはならない。
 もし着衣に着火してしまった場合は,走り回ってはいけない。横になって転がるのが最善だそうだが,頭ではわかっていてもいざそういう目に遭ったときに実践できるかあんまり自信ないな…。子供たちと一緒に練習でもしておこうかな?
 最近の住宅は,内装にも難燃材・不燃材がよく使われていて,燃えにくいとされているが油断は禁物。難燃材・不燃材は着火しにくい材料というだけで,長時間高温に晒されたらやっぱり燃える。あと高断熱というのも火災では危険な面がある。室内が燃えても熱が外部に逃げずにこもって焼損が激しくなることが多い。火が燃え移るのは,炎が接触するから(着火)だけではない。輻射熱によって発火点に達すれば,遠隔でも発火する。高断熱住宅の火災ではこれが迅速に進む。
 火事は怖いなあ。火災って風洞実験みたいに小さい模型を燃やして研究することはできないらしい。燃焼が起こる場に生じる境界層の厚さが決まっているので(模型だと境界層の厚みが相対的に大),実物を縮小すると燃え方が変わってしまって役に立たないからだ。