読書メモ(宇宙創成)

宇宙創成(上) (新潮文庫)

宇宙創成(上) (新潮文庫)

宇宙創成(下) (新潮文庫)素晴らしく面白い本。感動した!
 古代の神話から,ビッグバン理論まで,世界の起源を人間がどうとらえてきたのかを探る旅。ドラマチックなエピソード満載。各章末に分かりやすいまとめも載っていて良し。
 上下巻一貫して流れているのは,理論と観察の相補的関係。これをもとに「科学」は作られ,発展してきた。観察に合うように理論が作られ,理論に基づいて予測がなされて観察で確かめられる。理論には,観察結果を説明できるだけではなく,新たな現象を予測することが求められる。
 単なる工夫・技術でなく「科学」の萌芽がみられるのがギリシャ時代。紀元前6世紀の哲学者たちは,宇宙を自然現象として記述し始める。理論は,シンプルで正確,便利なものが採用された。そして天動説が確立。不動の地球のまわりを恒星の貼りついた天球が周り,天球上を太陽・惑星・月が動く。天動説は結局は間違っていたわけだが,ギリシャ時代の観測精度と,当時の常識からすると,地動説よりも自然な理論であったことはうなづける。火星の逆行など,天動説で説明するには難しい現象もあったが,複数の円軌道を巧妙に組み合わせることによって対応した。プトレマイオス天文学はその後千年以上にわたって,天文学の基礎であり続けた。沢山の円を組み合わせたおそろしく複雑なモデルだったが,天体の運行を予測する役目は充分果たしていたし,何より教会のイデオロギーに合致してた。
 それで16世紀のコペルニクスが登場。『天球の回転について』は彼の晩年に出版されるが,序文をめぐるエピソードが悲しい。序文は,地動説を単なる計算の便宜だと矮小化し,本文を骨抜きにしていた。出版を引受けた聖職者が,物議を醸すのを恐れて書いたという。コペルニクス序文を読んだショックで死んだのかな…?でもこの骨抜き序文がなければ出版が実現しなかったかもしれないのだよね。世の中って不条理。
 17世紀初め,ケプラー楕円軌道を見つけ,軌道速度の変化も見出す。それには師のティコが残した精密な観測データが不可欠だった。ティコはデータを秘匿していたのだが,死後ケプラーの手に落ちたのが幸いした。しかし,地動説はまだまだ受け入れられなかった。ケプラーと文通していたガリレオは,さらに地動説を支持する観測をした。望遠鏡で木星に衛星があること,金星に満ち欠けがあって見た目の大きさと連動することを発見した。地球は唯一の中心なのではない。金星は内惑星に違いない!でも,三十年戦争の煽りもあって,教会は地動説を撤回させた。
 その後,教会は寛容になり,地動説は支持される。しかし19世紀末までタブーは残っていた。世界の創造,宇宙の起源を論じるのは科学の領分ではなかった。20世紀になって,ようやく科学のメスが宇宙の誕生に向けられる。宇宙は永遠の過去から存在するのか,ある時点で創造されたのか?
宇宙の変化を論じるには,まず相対性理論の登場が必要だった。光速が有限であることは17世紀に知られており,19世紀末には光が電磁波であることも分った。エーテルという電磁波の媒質が想定されていたが,それが一向に観測にかからないことがずっと謎だった。
 1905年,アインシュタイン光速度一定を原理として採用し,特殊相対性理論をうちたてる。エーテルの存在は否定され,時間と空間は絶対的な枠組みでなく,座標変換により入り混じる「時空」という連続体であることが判明した。ニュートン力学は相対論に吸収され,物理学は根本的に書換えられた。十年後の1915年,アインシュタイン一般相対性理論を作り上げた。これは重力理論であり,質量とエネルギーが時空を歪め,時空の歪みが重力を生み出すとする。この理論は太陽の重力で光が曲がる角度を予言し,エディントン隊による日蝕観測により,それが確かめられた。
 アインシュタインは一般相対論を宇宙全体に適用してみた。すると重力により宇宙が収縮してしまう。これは彼の直感に反していたため,彼は方程式に宇宙定数を付け加え,解として静的で永遠の宇宙が得られるようにした。後に人生最大の過ちと悔むことになる。ロシアのフリードマンとベルギーのルメートルは,アインシュタインの重力方程式を宇宙定数がないとして解き,膨張宇宙を提唱した。宇宙が充分重ければ膨張のあと収縮に転ずる。二人の仕事は独立で,ルメートルフリードマンが死んだあとに膨張宇宙モデルを再発見した。アインシュタインは,フリードマンたちの膨張宇宙をありえないと切って捨てた。柔軟な思考でニュートン力学の絶対空間・絶対時間という枠組みを取り払った若き天才は,功なり名を遂げて,科学界の権威となっていた。彼も他の多くの科学者と同様,常識にとらわれていた。
 理論の行き詰まりを打破するのはいつも観測である。望遠鏡はどんどん大きくなり,天文観測技術はみるみる進歩した。星々の中には点光源でない星雲があるが,そのなかには天の川銀河の外にある銀河もあると予測された。論争がおこなわれたが,20世紀まで決着がつかなかった。1912年,リーヴィットがケフェウス型変光星の周期と絶対光度の関係を見出し,変光星までの距離が測れることを示した。1923年,ハッブルが星雲内にケフェウス型変光星を見つけ,それが天の川銀河のはるかかなたにあることを証明して,論争に決着がつく。私たちの銀河の外にも無数の銀河が存在する。
 さらに分光学の知見から,星からの光の波長は銀河ごとに異なっていることが分かってきた。光のドップラー効果である。多くの銀河は,我々から遠ざかっていくように見えた(赤方偏移)。そして1929年,ハッブルは銀河の距離と後退速度の間に,比例関係があることを発見した。これがハッブルの法則である。距離と速度の間の比例定数をハッブル定数という。宇宙は膨張しているらしい。それなら,時間をさかのぼれば,昔の宇宙は非常に小さかったはずだ。ルメートルは自分のモデルの正しさを確信し,アインシュタインビッグバンモデルを支持した。
 しかし多くの科学者は宇宙は永遠で静的だとする従来モデルを信じ続ける。なぜなら,ハッブル定数から導き出される宇宙の年齢は,星々よりも若くなってしまうからだった。この齟齬は,その後観測が進むにつれ解消されることとなる。
 1940年代,ビッグバンを支持するガモフ・アルファー・ハーマンは,初期の宇宙が陽子・中性子・電子からなる高密度のスープだったと考えた。これにより,現在の宇宙を構成する物質の大半を占める,水素とヘリウムが合成されることが説明できた。また,彼らは宇宙誕生からしばらくは,宇宙は高温プラズマ状態だったため不透明で,約30万年後にようやく原子が合成され光が進めるようになったと考えた。そして,そのときの光は今でも観測できるはずだと予測した。宇宙マイクロ波背景放射である。
 しかしその観測をしようとする者はおらず,宇宙背景放射は実証されないままだった。ガモフ・アルファー・ハーマンと同時期に,ホイル・ゴードン・ボンディは定常宇宙モデルを提案した。彼らは宇宙は確かに膨張するが,広がった空間に物質が生成され,宇宙は常に無限で定常状態であると主張した。定常宇宙モデルは一見不自然だが,こう考えると納得がいく。我々は既に天動説を否定し,自分が宇宙の中で特別な場所に住んでいるわけではないことを確かめた。同様に,我々は宇宙の中の特別な時代に生きているわけでもない。宇宙には,位置的にも時間的にも原点はなく,ただ無限である。
 ビッグバンモデルでも,定常宇宙モデルでも,赤方偏移は十分説明できる。宇宙論研究者たちの意見は分かれて論争が続いたが,決め手となる観測がなかった。重い元素がいかにして作られたか,という元素合成の問題も未解決だった。ちなみに「ビッグバン」とはホイルが敵陣営をけなすために使った言葉だ。
 まず元素合成の問題が解決される。重い元素は,星の中で核融合反応が進むことによって合成される。水素からヘリウムが作られ,ヘリウムからさらに重い元素が作られる。大きな星は最後に超新星爆発を起こし,重い元素をまき散らす。この過程を何世代も繰り返すことでウランまでの元素合成が説明できる。
 そして1960年代,ついに宇宙背景放射が観測される。電波望遠鏡の微小なノイズの原因を探っていたペンジアスとウィルソンが,何とまったく偶然に発見したのだ。望遠鏡をどこへ向けても入ってくるマイクロ波の雑音が,忘れ去られていた宇宙背景放射だということに彼らは気付いた。宇宙背景放射の観測により,ビッグバンモデルは定説となったルメートルは幸運にも自分の理論が観測によって確かめられるのを目にすることができた。
 その宇宙背景放射はほとんど一様に見えた。一方,現在の宇宙は均質でなく,銀河や銀河団があって粗密がある。この不均一な分布は何に起源するのかが次に問題となった。宇宙背景放射には微小なゆらぎがあって,それが種となって現在の宇宙の構造が生まれたのではないかと予測された。このことを確かめるために,COBE衛星が打ち上げられた。1990年代,COBE衛星は宇宙背景放射にわずか10万分の1のゆらぎが存在することを確かめた。このゆらぎが銀河形成の種になったのだ。ビッグバンモデルはいよいよ確からしさを高める。
 エピローグにおいて,背景放射よりも初期の宇宙の理論について補足がされている。中でもインフレーション理論は重要だ。背景放射のゆらぎがなぜ生じたのか,地球から見て宇宙の正反対がなぜ同じように見えるのか(地平線問題),なぜ宇宙の曲率は0なのか(平坦性問題)を一挙に説明してくれる。インフレーション理論といえば佐藤勝彦先生だが,欧米ではあまり知られていないらしい。グースの仕事とされていて,佐藤先生の名前は訳注に記されているのみである。少し残念。ともかく,この理論では,宇宙のごく初期(10E-35秒後まで)に途方もない膨張が起こったとされている。生まれたばかりの宇宙のごくごく小さな密度ゆらぎが,インフレーションによって引き延ばされた。宇宙の曲率は,インフレーションでほとんど0になり平坦になった。インフレーション前は近所だった宇宙の二地点が突如として遠くに引き離された。
 他にもダークマターダークエネルギーの話,量子宇宙論についてもほんの少し触れている。宇宙の始まりについて,断片的にはいろいろと聞き及んでいたが,それについての歴史とドラマも含めて概観するのにうってつけの本だった。読んでない人は是非!