3月の読書メモ(科学・技術)

天体ビデオ撮影マニュアル

天体ビデオ撮影マニュアル

 星空をビデオ撮影しようという本。普通の家庭用ビデオカメラでも,アダプターを使って望遠鏡に取り付けると天体が撮影できるらしい。前に双眼鏡のアイピースにデジカメのレンズ筒をはめこんで,月を撮ったことがあるが,意外とうまく取れたのを思い出した。天体撮影専用のビデオカメラもあるらしい。

えびなみつるの完全図解 天体望遠鏡を作ろう

えびなみつるの完全図解 天体望遠鏡を作ろう

 反射望遠鏡を手作りするレシピ。ガラス研磨とフーコーテストを繰り返すことで,かなり精度の高い反射鏡ができるらしい。金属蒸着は家では無理なので,町工場などに外注するそうだ。
 でも自分で望遠鏡作ろうとは思わなかった。ちなみに,望遠鏡には光学系がレンズだけの屈折式と,鏡を使った反射式がある。レンズは波長ごとに屈折率が違うので,色が滲む色収差の問題が生じるが,鏡面反射は波長によらないので,反射式では色収差がなくなる。ガリレオはレンズを磨いて屈折式望遠鏡を作ったが,屈折式で倍率を上げようとすると,望遠鏡がバカみたいに長くなる。色収差が起こるので,レンズでの屈折を大きくできず,対物レンズと接眼レンズを離さなくてはならなかったからだ。そこでニュートンは,鏡を磨いて反射式望遠鏡を作った。ちなみに,ガリレオが死んだ年にニュートンが生まれている。
 とはいえレンズでも,単レンズでなく何枚か組み合わせることで,色収差を減らすことができる。カメラのレンズは,大抵そうなっている。でもやはり屈折で高倍率を出すのは難しく,高倍率にはコンパクトな反射式が向いている。カメラのレンズにも,反射式の望遠レンズがある。

コンピュータVSプロ棋士―名人に勝つ日はいつか (PHP新書)

コンピュータVSプロ棋士―名人に勝つ日はいつか (PHP新書)

 去年実現した清水女流王将と「あから2010」の対局を中心に,コンピュータの棋力向上の歴史を概観。女流王将は敗れたが,これは一番勝負。でも,いずれは名人がコンピュータに歯が立たなくなる日も来るはずだ。
 将棋とか囲碁,チェス,オセロなんかはゲーム理論でいう「二人零和有限確定完全情報ゲーム」。この種のゲームは先手か後手に必勝法があるか,そうでなければ引分になる。コンピュータが無限に計算できれば人間は絶対にかなわない。
 しかし無限に速く計算することは不可能である。比較的分岐の数の少ないオセロでさえ完全解明はされていない。将棋は80手程度で勝負がつくが,数手先まで読むのも場合の数が多くなりすぎて,全幅探索は現実的な時間でできない。
 どうやって計算量を減らしつつ良い手を選択するかが重要。あと,確立した定跡は覚えさせる。この点完璧に記憶できない人間はやや不利。また終盤も,可能な手が減ってくるので,コンピュータが有利になる。それでもまだプロ棋士の方が強い。人間てすごい。計算は,手を読むことと,読んだ後の評価(点数づけ)を別に考えて,読んだ手のうちから,評価の高い手を選択する。対戦相手がどの手を指すかは分からないので,相手も最善手(こちらに最も不利になる手)を指すと仮定してやる。これをミニマックス法という。
 手を読むだけではなくて,読んだ手に基づく盤面の評価もしなければならないが,これも難しい,持っている駒の種類,駒の配置,などに応じて点数をつけるが,点のつけかたに正解はなく職人技の領域。ミニマックス法で計算する場面の数を減らすためにアルファベータ法というアルゴリズムを使う。
 本題からずれるが,詰将棋には1525手詰の大長編があることをこの本で知った。王手と受けを実に762往復やりとりして,次の王手で詰む。もちろん詰将棋なので,双方最善手の応酬,解は一意的。もはや芸術作品!
 これが1525手詰の詰将棋「ミクロコスモス」。創作は25年前

みんなが知りたい南極・北極の疑問50 (サイエンス・アイ新書)

みんなが知りたい南極・北極の疑問50 (サイエンス・アイ新書)

 著者は昭和41年の第八次南極観測隊員で地震や火山噴火予知の研究者(極地研の名誉教授)。
 南極は陸,北極は海であるため,両者は同じ局地とはいえ対照的。もちろんどちらも寒いが,南極の方がずっと寒い北極海の海水は-1.9℃と高いのに,南極は大陸で分厚い氷床に覆われているから。これは巨大な冷源になり,地球全体の気候にも影響を及ぼしている。
 南極では地表より上空の気温が高いために,強烈な風も吹く。そんな厳しい気候のために,南極には生物が極めて少ない。ペンギンは南極海を棲息地にしているのであって,陸地だけでは生きられない。南極には木はなく,草も二種類。あとは苔とか。北極圏にはシダ植物や顕花植物が豊富。植物があれば草食動物がいて,さらに肉食動物もいる。北極にはカリブー(家畜化するとトナカイ),アザラシ,シロクマなどの大型哺乳類がいるが,南極にはダニとかトビムシしかいない。人間も,北極ではイヌイットやラップなど千年以上も前から住んでいたが,南極はずっと無人だった。
 とはいえ南極が重要でないわけではなく,様々な観測・研究がなされている。氷床コアから地球が経験した過去何万年間の気候変動がわかるし,「超高層物理学(オーロラ研究)」も盛ん。著者は三大発見としてオゾンホール,南極隕石,氷底湖を挙げている。
氷底湖とは,分厚い氷床の下にある巨大な水たまり。ロシアのボストーク基地の下に初めて発見された。未知の生物がいるかもしれない。氷床は年間十メートルほど動いていて,南極点に旗を立ててもずれていってしまうので毎年新しいのを立てる。地盤の地形によって流れが速くなると氷流→氷河となる。氷床はグリーンランドにもある。氷床が流れてそのまま海に浮かんだのが棚氷。南極のロス棚氷はフランスと同じ面積!百年も前に日本人として初めて南極を探検した白瀬は,一片の岩石も持ち帰れず悔しい思いをしたが,ロス棚氷を出られなかったので無理もなかった。
 南極で恐竜の化石が見つかっているのは意外。南極大陸は昔から南極にあったのではなく,ゴンドワナ大陸の一部で,中緯度にあった。それが分裂して南下し,五千万年前くらいに氷の大陸になったらしい。
 南極基地の話もあった。これは去年だったかに読んだ「南極料理人」シリーズでもっと詳しく面白く紹介されていた。五十年以上も連綿と続いているのはすごい。その間に基地の居住性,通信環境は格段の進歩を遂げた。

〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学

〈反〉知的独占 ―特許と著作権の経済学

 経済学者が知的財産権を全否定するすっごくラディカルな書。要するに知的財産を独占させることは競争を否定することであり,百害あって一利なしという刺戟的な説を滔々と述べる。
 知的財産制度は,中世に恣意的に賦与されてた特権を多少修正した制度にすぎず,本質は独占である。早く来た移民が遅れてきた移民を排除するようなもの。しかも知財は,土地とか動産とかいう有形物でなく,情報という無形物に与えられるから余計に始末が悪い
 インセンティブを与えるために独占権の付与が必要というのが定説だが,モーツァルトベートーヴェンの時代には著作権はなかったことなど,著者たちはいろいろ例を挙げて異を唱える。知財がなくても発明はなされ,作品は作られてきた。インセンティブとしては,先行者利益で充分。模倣には時間も金もかかる。マネされないうちに,自分の技術・作品から利益は得られる。それが発明・創作のインセンティブになる。
 それどころか,知財があるために技術革新が滞ることも多い。蒸気機関の改良は,ワットの特許が切れるまで進まなかったし,初期の飛行機の発達は,ライト兄弟の特許がなかったフランスで進行した。
独占者がレントシーキングすることは社会的な損失となる。独占利益を維持するために,生産に結びつかない監視・訴訟などの活動に興じる不毛。
 しょうもない特許が成立することも多く,サブマリン特許パテントトロールの問題もある。特許のほとんどは防衛的に取得されるのでその数も必然的に多くなり,審査にも維持にも時間とコストがかかる。知財がなければこのような無駄な労力は要らない。
 そんなこんなで,著者たちは知財権を徐々になくしていくべしと主張する。とりあえず期間を短くするとかして権利を弱めることから始める。ただ世の中の状況はこれとは反対に権利を強くし,また途上国にも法整備を迫るなど,地理的にも拡充していく方向。
 まあ極端な論,ということにはなろうが,巷間無闇に叫ばれる知財礼賛の言説に対する良い冷や水にはなっている。歴史的な経緯から制度としてはかなり定着しているので,弊害が少なくなるような運用を考えていくのがいいかな。著作権は登録制とかいいかも。特許など,現状では何でも一律で同じ期間保護されている。これもベストではないんだろうが,差別化するのもまた難しい。いっそ制度をなくしたらそういう余計な心配もないのですっきりするという気持ちは理解できる。
 医薬品産業についても,一章を割いて検討している。そのうえで,特許は不要・有害と結論してる。反著作権だけあって,本の内容はフリーで公開されている(英語版のみ)→ http://bit.ly/hOoDpC