フェルマーの最終定理

 もう十年以上たつ本だが,すごくおもしろかった。著者はこの本でデビューして以来,世界で最も売れているサイエンスライターサイモン・シン。夏に読んだ「代替医療のトリック」も,彼が共著者のひとりだった。
 フェルマーの最終定理とは,「n≧3のとき,2つのn乗数*1の和がn乗数となることはない」という命題である。n=2のときには3,4,5をはじめとしてこれを満たす自然数の組*2が,無限にたくさん存在するのだが,nを3以上にするととたんに成り立たなくなるのだ。400年近く未解決だったこの問題は,1995年にアンドリュー・ワイルズによって解決された。その歴史を丹念にたどったのが本書である。
 ワイルズは,少年のころからこの難問を解決することを夢見ていて,それを実現してしまった。しかも,長年にわたって自分の取り組みを周囲に明かさず,一人ぽっちの研究で証明を作り上げた。発表した証明には,致命的かと思われる不備が見つかるが,なんとか救うことができた。とてもドラマチック。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

 フェルマーは,17世紀のアマチュアの数学者で,本業は法律家だったらしい。数学の定理を作るのが趣味で,ディオファントスの「算術」という本に,関連した自作の定理を書きつけていた。それをまったく公表せずに死んでしまったのだが,息子がそれを出版したため彼の定理が人々の目に触れることになった。
 彼の「定理」とはいっても,彼自身が証明をきちんと残していたわけではなく,最終定理についても彼は「驚くべき証明を発見したが,それを書くには余白が狭すぎる。」としているのみである。最終定理以外の47の定理については,数学者たちが証明を(再)発見して正しい定理であることを確認したが,最終定理についてだけは長らく証明が失われていた。通常,数学の未解決問題は「予想」と呼ばれるが,フェルマーのだけ「最終定理」と呼ばれるのはこのような事情による。
 大勢の数学者がこの証明に挑戦したり,あるいは意図せずに関わったりしてきた。ワイルズの証明では楕円曲線論に関する「谷山志村予想」が重要な役割を果たしたが,この二人の日本人についてもちゃんと書かれている。谷山の悲劇も印象深い。予想を提出後,彼は結婚を間近にして不可解な自殺を遂げたのだ。有能な数学者が若くして死んでしまう例は,とても多い気がする。本書で登場するガロアもそうだし,アーベルも,ラマヌジャンもそうだ。


 考えてみると今年になってから,この種の本を何冊か読んでいる。自然科学の1つのテーマを取り上げて,それにかかわった人々の歴史をたどる,いわば人ではなく科学の伝記。

完全なる証明

完全なる証明

ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者

ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者

 この2冊はポアンカレ予想の本。去年だかのNHKスペシャルで見て読みたくなった。初めは三次元球面も何のことやらわからなかったが,ほかにもいろいろ読んでようやくわかってきた。ふつうの球を2つ用意して,その表面(球面)を互いにをぴったりくっつけて膨らましたものらしい。円を2つ用意して,その表面(円周)を互いにぴったりくっつけて膨らましたものがふつうの球だから。
四色問題

四色問題

 平面上(あるいは球面上)のどんな地図でも4色あれば塗り分けられる,という四色予想解決までの道のり。これについては別ブログにまとめている。四色定理の証明は,コンピュータを使った証明ということで悪名高い。
E=mc2 世界一有名な方程式の「伝記」

E=mc2 世界一有名な方程式の「伝記」

 世界で最も有名な方程式についての伝記。相対性理論については,2年ほど前に思い立って独学したことがあるが,特殊のほうはともかく,一般の方はかなり難解だった。本書は一般向けなのでそういう数式は出てこないが,いろいろと興味深い事実が書かれていて勉強になった。特に印象に残ったのは,ナチスの原爆がけっこう完成しそうで,占領下のノルウェーの重水工場を襲撃してそれを阻止する作戦が行われていたこと。重水を運ぶ船を沈める工作では無辜の市民も多数犠牲者になった。残念なのは,広島長崎の扱いがすごく小さかったこと。
ケプラー予想

ケプラー予想

 「球の最も密な充填構造は六方最密充填である」という予想が正しいことを,トム・ヘールズが約400年ぶりに証明した(1998年)。四色予想と同様,コンピュータを用いた証明である。
 格子状の球配置に限ったケプラー予想ガウスによって証明されていたが,不規則な球配置を許容したときに,六方最密充填より密な充填ができないことを示すのは非常に難しかった。ほとんど自明に思える,円の最密充填(どの円にも6個の円が接する格子状の配置)についてさえ,証明されたのは20世紀の中ごろである。ケプラー予想では,最密充填に起こりうる局所的パターンが多くあり,それらをすべて数え上げ,それぞれについて計算し検証する必要があった。そのため,コンピュータの使用が不可欠であった。

*1:自然数をn乗した数:nは自然数

*2:ピタゴラス数という。