4月の読書メモ(戦争)

『インテリジェンス: 国家・組織は情報をいかに扱うべきか』

インテリジェンス―国家・組織は情報をいかに扱うべきか (ちくま学芸文庫)

インテリジェンス―国家・組織は情報をいかに扱うべきか (ちくま学芸文庫)

 非常に読みやすいインテリジェンスの入門書。CIA等に代表される各国情報機関は,何を目的に何をしているのか。過去の豊富な事例を見ながらインテリジェンスの基礎が学べる。
 政策サイドの要求に基づいて収集した厖大な情報を,適切に評価分析して,外交・安全保障に役立てるのがインテリジェンス。このほかに,他国による情報収集に対抗するカウンターインテリジェンス外交以上・戦争未満の秘密工作,インテリジェンスの統制・監視についても触れられている。
 導入部分で,米英の情報機関によって,イラク大量破壊兵器保有を示す誤った情報が報告されてしまった例が挙げられている。これに代表されるような「情報の失敗」がいかにして起きるのかにも紙幅が割かれてる。インテリジェンスを必要とする政策サイドとインテリジェンスを供給する情報サイドの見解の相違と不十分な意思疎通が「情報の政治化」を招き,問題を複雑化することがある。インテリジェンスが正確でも,それが政策に合致しないと無視されたり,歪曲されたりしてしまう。このギャップを埋めるのに情報機関の長の役割は大きい。情報の正確さだけでなく,政策側との人間関係も重要。
 情報機関の活動でも,特に秘密工作は,国益のためなら手段を選ばないところがすさまじい。ロシアのFSBやイスラエルモサド今でも要人の暗殺を辞さないし,性を利用して情報を引き出すハニートラップも昔からずっと行なわれてきている。プロパガンダや政治工作の例も多い。
 1955年の「カシミール・プリンセス事件」には驚く。中国政府のチャーター機が台湾の破壊工作によって爆発したが,中国はこれを事前に察知。搭乗予定だった周恩来の予定が「偶然」変更される。他のメンバーは予定通り搭乗して墜死。気付かぬ風を装って,台湾の工作を大いに批難したという。
 著者は防衛省防衛研究所の研究官。たまに彼のブログを読むんだけど,アニメとか好きらしくて,聖地めぐりとか,そういうネタを書いたりもしてる。なんか不思議。でも結構そういう趣味を隠さない研究者って最近多いみたいですね。
http://downing13.exblog.jp/

『核を超える脅威 世界サイバー戦争  見えない軍拡が始まった』

核を超える脅威 世界サイバー戦争  見えない軍拡が始まった

核を超える脅威 世界サイバー戦争  見えない軍拡が始まった

 サイバー安全保障の重要性を説く本。著者の一人はレーガンから子ブッシュまでの政権に仕えた国防の専門家。核を超えるはちと言い過ぎ?
 DDoS攻撃論理爆弾,厖大な量の情報窃盗,コンピュータネットワークに依存した現代社会は,サイバー攻撃に対してとても脆弱だ。特にアメリカはそう。中国のように,有事に即インターネットから遮断できるシステムになってないし,民間企業は政府の規制を嫌い,サイバー安保の足並みが揃わない。
 特に危ないのが電力網らしい。平時からマルウェアを忍ばせておいて,遠隔操作で送電線や発電機を破壊することも可能だという。サイバー戦争で狙われやすい国のインフラを,だれが守るのか,未だに政府と産業界は責任の押し付け合いをしている。スマートグリッドも考えもの?
 様々な理由から,サイバー軍縮も難しい。サイバー攻撃力を減らすことは事実上できず,行為を監視して制限することができるのみ。それにサイバー攻撃があったとしても,それを誰がやったのか突き止めることも困難だ。サイバー戦争は直接血を流すことはないが,インフラの破壊は経済・人命を損なう
 サイバー攻撃を受けた側が,通常兵器で報復することも正当化されてしまうだろう。恐ろしい話だが,脅威をやや強調しがちな感じはする。仮想敵が思いのままにサイバー攻撃を仕掛けてくる感じの描写が続くし。でも,ちゃんと備えなければならないんだろうな。アメリカよりロシアや中国の方が有利かも。
 誤訳じゃないのかもしれないが,「動的兵器」という訳語が気になった。かなり頻出。「kinetic weapons」だと思うけど,要するにサイバー兵器でない通常の物理的破壊をもたらす兵器のことだろう。「動的」じゃわからないと思う。
 あと,本論と関係ないけど,「現代の”フライ・バイ・ワイヤ”式の飛行機においては、航空管制システムがフラップや補助翼、方向舵に信号を送る。」(p.239)の「航空管制システム」は誤訳。「管制」は「traffic control」の方でしょう…。

『はじめてのノモンハン事件

はじめてのノモンハン事件 (PHP新書)

はじめてのノモンハン事件 (PHP新書)

 1939年に起こった,モンゴルと満洲国との国境紛争。戦ったのは実質ソ連と日本で,ソ連の圧倒的な戦力の前に日本が敗退した「事件」。細かい戦況の描写が多くあんまり「はじめての」って感じじゃなかった。
 ノモンハン事件の概要をつかむのにはあまりいい本ではない気がする。 Wikipediaの記事の方が要領良く書けていて,分かりやすいかも。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ノモンハン事件
 ノモンハンはハルハ河畔のだだっ広い草原地帯(緑の沙漠)で,人も住んでいない。満洲側はハルハ河が国境だとし,モンゴル側はハルハ河の東岸地帯も自国領と考えていて衝突に至った。日本の参謀本部は消極的だったが,例によって関東軍が強硬で,結果として甚大な損害を蒙ることに。
 この戦争では戦車がかなり活躍したそうだが,日ソ双方とも相手の戦車を無力化するのにうまいことやっている。ソ連の戦車に火炎瓶を投げつけて燃やす戦法は,結構効果的だったようで,日本の新聞は「空壜報国」なんかを呼びかけてる。逆にソ連はピアノ線を張って日本の戦車の進行を阻んだ。
 最終的にはソ連の八月大攻勢で日本は敗退。奮戦むなしく敗れた現場の指揮官の多くは,自決を強要されて果てた。戦場で自決した指揮官とのバランスなのだろうか,嫌な話だ…。日本の敗因は,自動車輸送能力の欠如が大きいようだ。兵站が強かったソ連は,兵力を集中して攻勢に出ることができた。